虚ろの輪音

第三部 第二話「たったひとつの言葉」 - 03

GM
1つ目の中継塔《ドラゴンズジャベリン》を停止させた後、《アストラム》とユリウスたちは飛空船でマグダレーナたちの待つ拠点へと戻って来ていた。
GM
次に目指すは、公都の《デュークダム・ピラー》。公都へ向かう前に、皆はひとまずの休息を取る事にした。
GM
そんな中、君は相変わらず灰色の音の降る夜空の下、飛空船の甲板に立っていた。
ソルティア
「…………」 甲板の手すりに腕をかけて、灰色の風に当たっている。兜こそ脱いでいるものの、甲冑姿なのは、突然の襲撃を警戒しているのだろう。
GM
そんな君の背後から靴音。規則正しいリズムで船内から甲板へと向かって来ている。
ソルティア
「…………」 足音に気付き、腕を手すりの上に残したまま振り向く。
#ユリウス
現れたのは、ユリウス・クラウゼだ。君としては少々意外な相手かも知れない。
#ユリウス
「此処に居たか」
ソルティア
「陛下」 少し驚いた顔になる。
#ユリウス
「ふふ、やはり意外だったか。……まぁ、君と私はあまり接点という接点も無かったからな」 無理もない、と言いつつ君の近くまでやって来て、手すりに手を掛ける。
ソルティア
「はい。次に行くところを考えると……シャルロットさんかヤンファさん辺りが来るかな、と思ってましたから」
#ユリウス
「彼らも、じきに来るかも知れないが……」 ちら、と兵舎の方を見て。 「私にしか出来ない話もあると思ってね」
ソルティア
「……ルナに関する話、ですね」 すっと顔を引き締めて。
#ユリウス
「ああ」
#ユリウス
「アレクサンドリアと通謀している事までは知らなかったが、表向き、彼女は私と“ベアトリス”に雇われている形だった」
#ユリウス
「だから、彼女との接点がまるで無い訳ではない」
ソルティア
「えぇ。……彼女と別れた当時の事を思い出していましたが、あの少し前から接点があったようですからね」
#ユリウス
「そうだ。私たちが彼女に依頼を始めたのは、《蒼銀戦役》が激化し始める頃だ」
ソルティア
「……幾つか気になる事はありました。聞きたいことも。それを考えると、出向いていただいたのはありがたい事です」 手すりに背を向けて、片方の肘をかけてもたれる。
#ユリウス
「では、それから答えるとしようか」 そこに話すべき事が含まれるかも知れない。
ソルティア
「まず一つ気になったのは、観測者……カエルレウスの言葉です。彼はルナの事を“断罪者”と呼んでいました」
ソルティア
「僕は彼女にそんな名がついていたことを知りません。……そこに一体どんな意味が含まれているのか、知っていますか?」
#ユリウス
「……いや、その名は初めて聞いたな。となると、それはアレクサンドリアとの間での通称か何かになるのだろう」
#ユリウス
「あくまで、私が知っていたのは“死神”と呼ばれていた彼女だ。……まぁ、実際はそのような二つ名とは掛け離れた者だったが」
ソルティア
「……知りませんでしたか」 小さく息をついて。 「……その後彼女は、自分の左目を気にしているようでした。それの手がかりになるかとも思ったのですが……」
#ユリウス
「……左眼?」 思い出すようなをして。 「……ああ、確かに、彼女に会う時にそのような仕草を見せる事があったな」
#ユリウス
「……主に《呪音事変》よりも後、だったか」
ソルティア
「そんな癖、以前は無かったはずですから」 こくりと頷いて。 「……《呪音事変》よりも後、ですか……」
#ユリウス
「それ以前はそのような仕草をすることは私の記憶の限りは……無いな」
ソルティア
「……《呪音事変》は、この事態を引き起こす為の大きな転機になったものだと思いますから。嫌な想像ばかりが思いつきますね……」 首を横に振って。
#ユリウス
「……いや、どうだろうな」
ソルティア
「え……?」
#ユリウス
「周到なアレクサンドリアの事だ。恐らく、彼女と出会った頃から私に隠れてルナティアと通謀はしていたのだろう」
#ユリウス
「だが、《呪音事変》まではそのような仕草は見せておらず、彼女は《虚人》であったようにも思えない」
#ユリウス
「……アロイス殿や他の《虚人》たちとは、大きく違っていたからな」
ソルティア
「……確かに、そうですが。彼女は……今までの彼女と同じでした。僕に対する態度は、ともかく」 袂を分かったのだから、それは当然のことなのだが。
ソルティア
「……だからこそ、今になって蝕まれ始めたのではないか、と危惧したのですが。違うのでしょうか?」
#ユリウス
「……本当にそう思うのか?」 今までの彼女と同じだと。
ソルティア
「…………」 口ごもる。
#ユリウス
「少なくとも、私は《呪音事変》の前後で彼女の中で何か変化があったように感じていた」
#ユリウス
「そしてそれは、彼女という人間にとって、悪い変化ではない……と思っていた」
ソルティア
「あぁ……そういう意味でしたか」 違う意味に取っていたようだ。 「それでしたら、明確な変化はありますね」
ソルティア
「友達、になったそうですよ。シャルロットさんと。……彼女も嫌がってるように見えますが、まんざらでもないんでしょう」 少し微笑み。
#ユリウス
「……成程。友人、か」
#ユリウス
「彼女が変わる切欠としては、大きなものだったろうな」
#ユリウス
「《呪音事変》の前までは、彼女は8年間殆ど変わっていなかった。アレクサンドリアとはそれなりに親しくしていたし、私にも多少話をしてくれるようにはなったがね」
ソルティア
「大きなものだと思いますよ、とても」 灰色の空を見上げて。 「……彼女はいつも、自分のことを“狂った劣等品”だと言っていました。自分は普通の人とは違う、普通にはなれないんだ、と言い聞かせるように……」
#ユリウス
「普通にはなれないか」 同じく空を見上げて。 「彼女のような者を救い、皆を正しい意味で平等な世界に置く事、それが私の目的だった」
#ユリウス
「……アレクサンドリアも、言葉だけならば同じ目的なのだろうな」
ソルティア
「……そうなんでしょう。そうでなければ、ルナがここまで肩入れはしません」
#ユリウス
「……だが、そうだな」
#ユリウス
「私は、彼女は十分、“普通”の人間らしい一面を持っていたと思うよ」
ソルティア
「はい」 にこり、と嬉しそうな笑顔になる。まるで自分が褒められたかのように。
ソルティア
「……切欠なんだと思います。結局の所」 再び手すりと向き合い、灰色の空を見上げる。 「僕とルナはいつも同じように動いていました。でも、一つ違う所があるんです」
#ユリウス
「……ん?」
ソルティア
「彼女はいつだって、殺す役でした。彼女が接する人は、殺す対象でしかない。でも、僕は、彼女を導く“誘導者”だったんです」
ソルティア
「街に入り、多くの人と会話を交わし、情報を集め……その間に、僕は知ったんです。この世界にはたくさんの人がいて、たくさんの優しさを持ってる事を」
ソルティア
「だから、僕はそれに憧れた。憧れたんです。……だから、《蒼銀戦役》の終期に彼女と袂を分かった時。今の義妹であるアカシャに、手を差し伸べる事が出来た」
ソルティア
「でも、彼女は知らなかったんだと思います。だから、出来なかった。本当に、ただ知らなかっただけで……」
#ユリウス
「……成程。確かに、そう言った違いはあるのかもしれない」
#ユリウス
「だが……個人的には、彼女は何処までも不器用なのではないか、と感じる事もある」
#ユリウス
「人の“優しさ”なら、彼女はきちんと持っていたよ」
ソルティア
「……ん……」 思い当たるような節があるように、小さな声をあげる。
#ユリウス
「君と彼女は、《蒼銀戦役》の終期に袂を分かったのだったな」
ソルティア
「ええ、その通りです」
#ユリウス
「君は、私たち皇帝派の元に反対派の権威失墜の切欠となる情報をもたらしてくれたな」
#ユリウス
「それも私たちの筋書きだったのだが……それはさておいておこう」
ソルティア
「はい。別れる時、ルナがくれたものでした」
#ユリウス
「そして、君と君の義妹……アカシャさんと言ったか。君たちはそれ以後、基本的には平穏に過ごしていたはずだな」
ソルティア
「えぇ……そのはずです。日常の些細なトラブルはともかく」 と頷く。
#ユリウス
「曲がりなりにも、君たちは反皇帝派を陥れた。その妨害が入ってもおかしくはない」
ソルティア
「……はい……まさか、それは」
#ユリウス
「アレクサンドリアの力とて、今でこそザルツやエイギア地方一帯に響きわたっているが、当時はまだ限界があった。全ての人物を思いのままに操れた訳ではない」
#ユリウス
「……ならば何故、君たちの前にそのような輩が現れなかったのか」
#ユリウス
もう、言うまでもないだろう」
ソルティア
「……ルナが?」
#ユリウス
「ああ」 ゆっくりと頷いて。 「彼女が、私とアレクサンドリアに協力する条件として望んだのが、君たち二人の生活の保障だった」
ソルティア
「……そっか……もう」 手すりを握り締め、喜びと寂しさが入り混じった笑みを浮かべる。
#ユリウス
「彼女は、君という存在を切欠に、人としての当たり前の優しさを手に入れられた」
#ユリウス
「ただ、彼女自身がそれに気付いていないだけだ」
ソルティア
「何だよ……もう。素直に言ってくれれば、いいのにさ……」 独り言のように呟いて、軽く目じりをぬぐう。
#ユリウス
「それが彼女(ルナティア)なのだろう。不器用で、恥ずかしがり屋の、何処にでも居る普通の少女だ」
ソルティア
「……陛下が言っていた不器用、と言うのは。そういう事なんですね……」
#ユリウス
「ああ」
#ユリウス
「……そして、それを彼女に気付かせてやれるのは、その優しさを受けた君以外には居ない」
ソルティア
「……はい。彼女が不器用な分は、僕が素直になりませんとね」 ユリウスに顔を向けて、淡い微笑を浮かべる。
#ユリウス
「そうだな。それがいい」
#ユリウス
「さて……あまり言い過ぎるともし知られた時にルナティア本人から酷く糾弾されそうだ」
#ユリウス
これ以上は止めておこう、と肩を竦める。
ソルティア
「陛下曰く、恥ずかしがり屋、ですものね」 と笑う。勿論、自分だってそう思っているのだが。
#ユリウス
「ああ。流石に彼女を本気で怒らせたら私もどうなるか知れた者ではないからね」
#ユリウス
「くれぐれも、彼女には黙っておいてくれ」 冗談らしく言って。
ソルティア
「えぇ、秘密にしておきましょう。照れを隠した顔も、見てみたいものですが」 なんて冗談を言い。 「……ありがとうございます、陛下」
#ユリウス
……」 再び手すりに向かって、虚空を眺めながら真剣な表情になる。 「君が無事、彼女をこちらの世界へ連れ戻した後は、マグダレーナや私の出番だ」
ソルティア
「……お願いします。僕も、その為に尽力しますから」
#ユリウス
「彼女のような不幸な者を救う事、それが私達統治者の責務だ。……絶対的な支配が不可能なのであれば、手の届きうる限りで、私たちは必死にその手を伸ばさなければならない」
#ユリウス
「犠牲を出さない、とは言い切れない。人の手には何処かに必ず限界がある。人から生まれた神もまた、それは同じかも知れないが」
#ユリウス
「それでも、私は思い出した。自らの理想を、正義を」
#ユリウス
「目の前の君たちが少しでも幸福を感じられるよう、力を尽くすのが私たちだ。マグダレーナもきっと、そう言うだろう」
#ユリウス
「だから、その後の事は案ずる事は無い。全力で、彼女の手を掴め、ソルティア」
ソルティア
「……初めて会った時よりも、強い目をしているように思えますね、陛下……」
#ユリウス
「強いかどうかは分からないが……そうだな。君たちのおかげで、子供の頃の、純粋な気持ちを思い出す事は出来たよ」
#ユリウス
「その意志が、君にはそう見えるのかも知れないな」
#ユリウス
「……それに、今の私はあの時と違って独りではない」
ソルティア
「……少なくとも、以前より多くの人が陛下の傍にいますからね」 と小さく笑い。
#ユリウス
「ああ、頼もしい限りだ」
ソルティア
「……正直に言うとね、まだ迷いがあるんです。それは、彼女の手を掴む事、ではなく」 なびく髪を押さえながら空を見上げる。
#ユリウス
「何に対してだ?」
ソルティア
「本当に、自分の選んだ選択が正しいのかどうか。……僕らはこの世界を打ち砕き、以前の世界を取り戻すと決めました」
ソルティア
「それでも、それは正しい事なんだろうかと思います。……人としての幸せを追い求めず、ただ平穏だけを得ようとするなら、この世界は間違ってはいないんでしょう」
#ユリウス
正しい、か」
ソルティア
「自分達が選んだ選択、その結果手に入るもの。選ばなかった選択肢と、手に入らなかったもの。そのどれが正しくて、何が間違っていて、それを誰が間違いだと決めるのか」
ソルティア
「僕には分かりません。だから迷って、悩んで、戸惑っているんです。それでも人は皆、自分で正しいと信じた道を進まないといけない……」
ソルティア
「……或いは、正しいと思っていなくても」
#ユリウス
「客観的に見れば」
#ユリウス
「“正しい”のは、アレクサンドリアの方なのだと思う事は私にもある」
#ユリウス
「彼女の、皆に平等に幸福だけを与えるという望みは、真実だろう」
#ユリウス
「そのような世界があるならば、きっと世界の多くの人々はそれを望む」
#ユリウス
「だが、私たちはそれに納得出来ない。でも、その選択も確固たるものではない。迷い、悩み、戸惑い、それらに葛藤している」
#ユリウス
それでいい」
ソルティア
「…………」
#ユリウス
「迷い、悩み、戸惑い、泥だらけになりながら、それでも何かを追い求め、後悔し、また足掻く」
#ユリウス
「それが人のあるべき姿だ。……その先に掴んだ幸福こそ、その者にとって本当に価値のあるものだ」
#ユリウス
「絶対的な正義というのは、時に人の眼を曇らせる。私がそうであったように」
#ユリウス
「人は過ちを犯す。それがあるべき姿だ」
#ユリウス
だが、人はそれを正す事が出来る。次に後悔をしないように」
ソルティア
「……やっぱり、辿り着く結論は同じなんですね、陛下」 くす、と面白そうに笑い。
#ユリウス
「……きっと、今共に居る者たちは皆その結論に達するのだろうな」
ソルティア
「えぇ。……僕は思ったんです。“幸福”だけがある、と言う状態は、はたして“幸福”なんだろうか、と」
#ユリウス
「何が幸せで、何が辛いか。決めるのは、それを感じる人間だ」
#ユリウス
「……だから、“幸福”しか存在しなければ、それは“普通”でしか無くなる」
ソルティア
「……えぇ」 小さく頷き。
#ユリウス
「……それ故、この世界はこうも虚ろに感じられるのだろう」
ソルティア
「……悩み、迷って、戸惑い、苦しみ、怒り、悲しみ……それを超えてきたからこそ、喜びも、楽しみも、色鮮やかに感じられる」
ソルティア
「でもこの世界はそれがない。だから、きっと“灰色”なんでしょうね」
#ユリウス
「ああ。本来、白と黒の間にはもっと様々な、無限の色が広がっているはずだ」
#ユリウス
「それでも、この世界はただひたすらに、灰色に染まっている」
ソルティア
「全ての色が褪せた、何も残らない灰色に……」
#ユリウス
「……だから、私たちはこの世界を否定する。例え、多くの者がこの世界を望んだとしても」
ソルティア
「……えぇ。僕もそう思います」
#ユリウス
「それが正しいとか、正しくないだとか、そのような事は二の次だ。ただ、自分の“信念(こころ)”に従えばいい」
ソルティア
「本当の彼女には、もっと鮮やかな色が似合うはずなんです……」
ソルティア
「……こんな灰色の空では、彼女の姿が見えませんから」 そう言って、灰色の空をにらむように見上げる。
#ユリウス
「……そうだな。何せ、彼女は夜空に輝く月なのだから」 同じく空を見上げ。
#ユリウス
「さて、そろそろ君も休むといい」
#ユリウス
「見張りは私が引き継ごう」
ソルティア
「ありがとうございます」 丁寧にお辞儀をして。 「では、失礼しますね」 そう言って踵を返し、背筋を伸ばして歩き去っていく。
#ユリウス
「ああ」 その力強く感じられる背中を、微かに微笑みながら見送って。
#ユリウス
「……よく言うものだな、私も」 かつての自分を思い出し、自嘲気味にそう呟いて。
#ユリウス
さて、精々偽り者にならぬよう、尽力しなければな」 誰にともなく、そう言った。

#
準備も済まし、拠点へと戻ってきた。明日はいよいよ彼女の元へ向かうことになる。
#
そんな中、兵舎の休憩所。テーブル席でのんびりと過ごしている彼の姿があった
ヤンファ
「………」 煙草は吸ってない。座ってぼうっと明日のことを考えてる
エリカ
「……」 ん、と。通りがかったら赤い髪が目についた。
ヤンファ
「………」 思えば、あの女と刃を交えて結構経つ。
ヤンファ
「今度はちゃんと……ン?」 独り言になりそうなところで、その姿に気付いた
エリカ
「……ヤンファさん?」 何か、ぼうっとしてるな、と思い。
ヤンファ
「よォ、散歩にでもいくところだったか」 ひらっと手を振り
エリカ
「いえ、そういうわけでもありませんけど……」
ヤンファ
「………」 じーっとエリカのことを見て。 「暇なら相手してくれよ。なんか話し相手が欲しくてな」 座れ座れ
エリカ
「……? はあ、別に構いませんけど……」 促されたので座り。
ヤンファ
「いやァ、良かったな。あんな大物二人を迎え入れること出来てよ」
ヤンファ
「シャルがあんなこと言い出してどうしたモンかと思ったわ」 苦笑し
エリカ
「まあ、良かったは良かったですけど、……なんていうか、変な気分ですよ」 面子がものすごいことになって。
ヤンファ
「一生拝めないだろうなァ、あんな光景……これから先の世の中に無いかもしれねえ」
エリカ
「人族の姫や皇帝や皇子、聖戦士や英雄に、不死者に蛮族の王に、挙句の果てにエルダー級のドラゴンですよ」
ヤンファ
「その中に元々その辺の店で働いてた自分が居るのってどんな気分よ?」
エリカ
「……どんな気分って言われても」 む、と。
エリカ
「……なんかもう、感覚が麻痺しててよくわかりませんよ。スケールが大きくなりすぎて」
ヤンファ
「くくっ、俺もだぜ」 笑って  「もう何が普通だか解りやしねェ状態だ」
エリカ
はあ、と溜息ついて。 「昔なら、自分が浮いてるのが気になって仕方なかったと思いますけど、なんかもう、どうでもよくなってきました」 皇帝ぶん殴っちゃったし、気にするには色々と今更だ。
ヤンファ
「エリカも肝が据わったなァ。ユリウスの前で緊張してカチコチだった頃が懐かしいわ」 カッカッカ
エリカ
「ほ、ほんとならアレが普通ですよ! そもそも私みたいな平民生まれがそんな偉い人に直接会うなんてことまずありえませんし」
ヤンファ
「まァ、そりゃそうだけどな」 お目にかかるのですら稀だ。 「そういう意味じゃァ、もう後戻りできないぐらいになっちまったな」
ヤンファ
「全部片付いて普通の生活に戻ろうとしても、ちょっとやそっとのことじゃァ驚きやしないだろうなァ……」
エリカ
「……どうでしょうね」 何かシャルロットの顔が頭に浮かぶぞ。
ヤンファ
「……いや、例外はいるがな」 顔色みて大体何考えてるかは解った
ヤンファ
「……しっかし」 背凭れに体重乗せて天井を眺めつつ 「昔なら、か」
エリカ
「……ほんとに、随分前のことみたいですよ」
ヤンファ
「そこまで前でも無いんだよなァ……変わるモンだ」 姿勢を戻してエリカを見
ヤンファ
「……何個か謝りそびれてたコトがあるんだよな、お前にも」
エリカ
「……なんですか?」
ヤンファ
「あの、あァー……」 歯切れ悪そうに  「必死すぎて覚えてなかったかもしれねェが」 人差し指立てて
ヤンファ
「霧の街に潜入して、俺らがやられかけた時のことだ」
エリカ
「……」
ヤンファ
「お前がへたれこんで、もうだめだって言ってた。その時つい、胸ぐら掴んで怒鳴っちまった」
ヤンファ
「俺も必死で諦めたくなかったのに、ああ言われて、苛っときちまって……でも、後で悪かったなって思ってな」
ヤンファ
「色々あってタイミング無くってなァ……乱暴にして悪かった」
ヤンファ
座ったまま、軽く頭を下げた
エリカ
「あ……いや、そんな、頭下げるようなことじゃ」
ヤンファ
「……お前のこと、そんな解ってやれてたワケじゃァねえからな。軽々しく手を出しちゃいけないトコだった。だから、な」
ヤンファ
そう言って頭を上げる
エリカ
「あれはその……あの状況で、諦めようとした、私が悪いわけで」
エリカ
「あと……私が言うとなんか、言い訳がましいですけど。あんな状況で、そんなにずっと冷静でいられる人なんてそう居ないと思いますし」
ヤンファ
「……まァ、そうかもしれないが」 否定はしない。 「つっても、今思えばあそこでもちゃんと仲間として支えてやるトコだったと思うしな」
ヤンファ
「特にあの時のエリカなんて、戦場に慣れるので必死だったろうし」 苦笑して
エリカ
「それはそうなのかもしれませんけど……でも状況が状況で……」 あー。もー。 「もう、いいじゃないですか。お互い様ですよ」
ヤンファ
「あァ。あんま終わったことグダグダ言っててもしゃーないんだけどな」 そりゃ解ってる
エリカ
「別にお互い、恨みがましく思ってるわけじゃ、ないんですし」
ヤンファ
「焼いて焼かれる仲だしなァ」 くっくっく
エリカ
「変な表現やめてくれませんか……?」 ほんとに焼きますよ?
ヤンファ
「はい……」 すみません。 「……そういや、気付いてたかねェ」 その話で
エリカ
「……はい? 何がですか?」
ヤンファ
「あの時から、俺の中でお前を一人の戦士として扱えるように“エリカちゃん”って呼ぶの止めたんだよ」
ヤンファ
「今でも偶に呼びそうになっちまうけどなァ」 つい癖でな
エリカ
「……」 あれ、そうだっけ。 「そういえば……いつのまに」
ヤンファ
「くくっ、あんま違和感なかったか」   「まァ、変な俺の拘りみたいなモンだけどな」
ヤンファ
「色んなところで折れたりしそうになっても頑張るお前には、もうそんな呼び方しなくていいかなって思ってなァ」
エリカ
「違和感なかったっていうか……」 あの時は細かいこと気にしてる余裕はなかったし、そうこうしてるうちに呼び捨てで定着してたし。
エリカ
「……そうだったんですか」 知らず、いつのまにかヤンファに認められていたんだなと思うと、なんかむず痒い気分だ。
ヤンファ
「それこそ最初は“エリカちゃん”って呼びたくなるぐらいの挙動だったのによ」
エリカ
「……悪かったですね」 むす。
ヤンファ
「あァ。だから、変わったな……ってな」 ふ、と笑い。 「っと、そんな怒んなって」 どうどう
エリカ
「そんなに変わりましたか……?」
ヤンファ
「自分じゃ気付かないモンだがなァ。色々変わってるぜ」 えーと、何があるかなーと言いつつ
ヤンファ
「さっきも言ったが胆が据わったし、状況の対応にも早くなった。ある程度知らない間に自信もついてるだろうよ、これならやれる、って時が最近あるだろ」
エリカ
「そ、うでしょうか……? そんな気は、しなくもないですけど……」 言われてみれば。
ヤンファ
「そういう自覚も結構大事だぜ」  「他はそうだなァ……あァ、人殴れるようになったな!」 これ大事や
エリカ
「……今殴りましょうか?」
ヤンファ
「すみません……」
ヤンファ
「……」 こほん。 「後、そうだな」
ヤンファ
「人に、悩みとか言えるようになったんじゃァないか?」
ヤンファ
俺はあんま聞いてやってねえけど、居るだろ。と付け足して
エリカ
「…………そ、う。ですね。そう、かもしれません」
ヤンファ
「人に胸の内をぶちまけるのは意外と勇気が要る。それが出来るようになったってことは、やっぱ変わったと思うぜ」
ヤンファ
「まァ、誰に泣きついてるのかまでは知らねえけどな俺」 しらんちん
エリカ
「べ、別に泣きついては……」 い、なくはないけど。 「……いや、まあ、その」
ヤンファ
「くくっ」 実際知らないが頼る相手つったら大体絞られてくる、と思いつつ聞いてる
エリカ
「……べ、別にヤンファさんに知る必要のあることじゃないですから!」
ヤンファ
「っくくくく……あァ悪ィ悪ィ」 心底愉しそうにしながら。 「そこまでは野暮だったな。いやァ悪かった」
エリカ
「……なんですかその笑いは。変な想像してませんか」
ヤンファ
「いやァ?」 ニヤニヤしてる
エリカ
「いやあ?って思いっきりニヤついてるじゃないですか!」
ヤンファ
「そりゃァ、面白いと笑っちゃうのは当たり前じゃァねえか、エリカちゃんよ」
エリカ
「ひとを笑いものにしてると罰が当たりますよ。ていうか焼きますよ」
ヤンファ
「此処で焼くのは流石にマズいって……」 騒ぎになるぞ。 「……まァ、からかうのもこれぐらいにしてだな」
エリカ
「はあ……全くもう」
ヤンファ
「折角、そうやって変わって、自分の押し込めてた気持ちとかを話せるようになったんだ」
ヤンファ
「ちゃんと話したら応えてくれる奴がいることとか、そういうのも大事にして欲しいんだよ」
ヤンファ
「お前も何だかんだ、無茶するからなァ」 肩を竦めて
エリカ
「……ヤンファさんやシャルロット程じゃないですよ」 無茶については。
ヤンファ
「ま、否定しねえわ」 苦笑した
ヤンファ
「……あァ駄目だな。これ以上それについて話してたら顔に出るわ」 なんかニヤっとしてしまう
ヤンファ
「そろそろ部屋に戻るとすっかね」 逃げるともいう
エリカ
「……人が真面目に返そうとしてるのにそういうこと言うのやめてくれませんか」 じと。
ヤンファ
「おっと、そいつは失礼」 真面目に聞こう
エリカ
「はあ、もういいですよ」 むす。
ヤンファ
「拗ねんなって……ったく」
エリカ
「別に拗ねてません」 むすー。
ヤンファ
「思いっきり拗ねてるじゃァねえか。これじゃアランの奴も苦労………」 してるんだろうな、と言い掛けて  「……ハッ」 しまった
エリカ
「……」 ほーう。 「人のことをどうこう茶化しますけどねヤンファさん。そっちこそシャルロットとはどうなんですか」 ん?
ヤンファ
「いやァ、ちょっと、はは……アレ、煙草どこいったっけな」 色んなところのポケットに手をやってわさわさしてる
エリカ
「以前、シャルロットに、一緒に歩んでいきたいとか言って抱きしめてましたけど、あれから進展はあったんですか?」 どうなんです?んん?
ヤンファ
「アレ、ちょっ、火ィつかねえなコレどうなってんだろ、はは、おかしいなァ……」 見つけた煙草咥えてライターをカチカチカチカチしてる
エリカ
「あれだけ みーんなの前で 言っておいてその後特に何もないってことはないですよねー」
ヤンファ
「おっ、火ィ点いた点いゲホッゲホッ!!」
エリカ
「どうしたんですかー、ヤンファさーん、咳き込んじゃってー」 ふふふ。
ヤンファ
「ゲホッ、いやァ……ちょっとこの話はゲホッ……もう遅いしなァ?」
ヤンファ
「……すいませんでした」
エリカ
「……よろしい」 ふん。
ヤンファ
「………」 ゲホッ。ここまで強くならなくてよかったのに。
エリカ
「……別にアランさんとは、そういうのじゃありませんから」 真面目な顔して。
ヤンファ
「……そうか」 俺そういう話を持ちかけた覚えはないんだけど
エリカ
「……なんですか」 その微妙に腑に落ちなさそうな顔は!
ヤンファ
「別に何でもねェ……です」
エリカ
「……ええと、さっきの話ですけど」
ヤンファ
「ン、あァ」
エリカ
「確かに、私、変わったかもしれません。でも、まだ自分の心に、そんなに余裕があるとは、自分では思えてません」
エリカ
「今はまだ、少しのことで手一杯で……。でも、少しずつ、余裕を広げていけたらいいなとは、思ってます」
エリカ
「ええと、だから、今はあんまりかもしれませんけど、ヤンファさんが言ったようなことも、覚えておきますから」
エリカ
応えてくれるやつがいること大事にとか、そのへんのことだ。
ヤンファ
「おォ、是非そうしてくれ」
ヤンファ
「悪ィことは、絶対ない筈だからよ」 にっと笑ってみせた
エリカ
「はい」 つられて、少し笑い。
ヤンファ
「ま、とりあえず今は目の前のことなんだけどな」 残念ながら、と肩を竦め
ヤンファ
「明日は、アイツに会うことになる……また一悶着だぜ」
エリカ
「……そう、ですね」  「ソルティアさん、大丈夫でしょうか」
ヤンファ
「どうも押しが弱い時があるからなァ、ソルティアも」 くっくっくと笑って
エリカ
「そうなんですよね……」 溜息ついて、首を横に振り。 「いえ。ここまできてへこたれて貰ったら困ります」
ヤンファ
「あァ」 真面目に頷き  「別に、ソルティアだけで行くワケじゃァねえ」
ヤンファ
「エリカの時みたいに、俺らがしっかり背中押してやろうぜ。散々此処まで一緒にやってきた仲間なんだからな」
エリカ
「……はい。そうですね」
エリカ
「土壇場で怖気づいたら蹴飛ばしてやります」
ヤンファ
「おォ、ケツ蹴っちまおうぜ」 くくっと笑い
ヤンファ
「……こんな馬鹿な話を続けてたら夜が明けちまうな」
エリカ
「と……、ちゃんと休まないと駄目ですね」
ヤンファ
「だなァ。他の奴らに怒られちまう」 席を立ち
エリカ
続いて席を立ち。
エリカ
「それじゃあ、また明日。おやすみなさい、ヤンファさん」
ヤンファ
「あァ。相手してくれてありがとよ。またな」
ヤンファ
そうしてエリカが帰っていくのを見送った