虚ろの輪音

第三部 序話「始動-虚ろなる世界-」 - 05

シャルロット
ざく、ざく。と土を柔らかく踏みながら、野外を歩く人影ひとつ。
シャルロット
服装は、ユリウスと会った時から変わらない。武装は必要と思えなくも無かったが……用意してこなかった。
シャルロット
手に、剣と盾を持ち、やや開けた林の中にいる。場所自体はそう離れたところではないが
シャルロット
「力を解放しても、ここらなら平気……ですよね」 うむ、とひとり頷くと、剣を大地に突き刺し、盾を持つ手をその植えに重ねる
シャルロット
「こういうときは……」 目を閉じ剣を握り締める手のひらに力をこめる
シャルロット
「……!」 思い出すのは自分自身に似たあの影。出て来い、という力を剣へと叩き込んだ
GM
シャルロットがそう念じると共に、ファランダレスはキィと音を立てながら光り始める。
GM
初めて〈ファランダレス〉に触れた時と同じように、光は大きくなっていき、シャルロットの目の前で、思い通りに人型を形成していく。
シャルロット
「……こんなに簡単に出るなんて」 もっと困ると思っていた
GM
完全に人型が形成されると、光は霧散し、その中からシャルロットと瓜二つの姿が現れる。
GM
ただし、やはりその髪は黒色で、ゆっくりと開かれたその瞳は紅く光っている。
GM
あの時と違うのは、剣が重なって出来た翼のようなものが無い事か。
#L=リベラ
まさか、呼び出されるとは思っていませんでした」
シャルロット
「……? 呼び出さない理由でもあったのですか?」 おかしなことを言う娘だ
シャルロット
「ともあれ、お久しぶりです。……ええと」 なんて呼べばいいのか、思わずつまって
#L=リベラ
「貴女は私。私は貴女。シャルロット、と呼ぶのが適切です」
#L=リベラ
「でも……それでは納得してもらえませんか」
シャルロット
「自分の名前を呼びかけるのは、正しくとも気持ちが悪いものです。……いえ、譲れない名前なのだというのなら、私は貴女をそう呼びましょう」
#L=リベラ
「貴女がそう呼ぶのを拒むのならば、好きにしてくれても構いません」
シャルロット
「む……ですが他に呼びかたも知りませんし。とりあえず貴女、と読んで茶を濁しましょう」 そうしよう、とひとりうなずく
シャルロット
「貴女の事を私は未だに掴みかねている。……貴女は私だというけれど、私はここに居る。貴女は、どういう存在なのですか?」
#L=リベラ
「私は貴女。英雄オトフリート・イエイツの血を継ぐ、〈ファランダレス〉の《担い手》でなどという答えでは、これも納得しないのでしょうね」
シャルロット
「……納得するもなにも……自分がもう独り居るのを認めろというのは、酷でしょう。尋常に生まれた存在じゃあない」
#L=リベラ
「でも、それは真実。私は、貴女自身を反映した影とでも呼ぶべき存在でしかありません」
シャルロット
「……影、ですか」
#L=リベラ
「はい。〈ファランダレス〉に宿った《担い手》の影。それが私です」
#L=リベラ
「そして、貴女が《担い手》としての役目を果たせるように、貴女を補う存在、といったところですか」
シャルロット
「貴女は、ファランダレスそのものというわけではないのですか?」 そういう風に思っていたのだけれど
#L=リベラ
「厳密には違うと言うべきでしょう。〈ファランダレス〉に貴女という存在が干渉して初めて生じたのが、私です」
シャルロット
「そもそも、貴女の定義する《担い手》の定義とはなんですか?」
#L=リベラ
「〈ファランダレス〉の最も大きな役割は、貴女も知る通り、“鍵”としての役目です」
#L=リベラ
「それを果たせるだけの力を持った存在、それを《担い手》と呼ぶ……と私は認識しています」
シャルロット
「ですが、鍵は鍵穴へと差し込まれ、封印は解かれた。……そういった意味では、貴女はもう役割を果たしたのでは」
#L=リベラ
「察しがいいですね」
シャルロット
「貴女は私でしょう? そういった思考に行き着くことぐらい、貴女は判っているはず」
#L=リベラ
「封印が解かれた事で、私は役目を終え、消滅してもおかしくはないはずです」
#L=リベラ
「……ですが、私は貴女の分身として〈ファランダレス〉の中に未だ存在し続けている」
#L=リベラ
「さて、それは何故でしょうか」
シャルロット
「まだ、果たされていない役目がある、と……? 或いは、貴女の存在が確かなものとしてこの世に根を張ったのか」
シャルロット
「普通に考えれば前者ですが……貴女という存在が生まれた以上、役割を終えたからさようなら、というのもあまり好きではありません」
シャルロット
個人的には後者のほうが好みだ、なんて間の抜けた意見を洩らしつつ。
#L=リベラ
「後者の可能性は低いでしょう。私は、貴女に依存している存在。独立して根を張る事は考え難い」
シャルロット
「そうですか。……では普通に考えましょう」 といって、意味ありげに指を立てて
シャルロット
真なる《担い手》。今までは発生しなかった、“眠っていた目的”が今、最終目標として定義されている」
#L=リベラ
「真の《担い手》……ヴィルフリート様のお話にありましたね」
シャルロット
「……あれ? 違うんですか?」 なんだか思っていたリアクションと違っていて、肩透かしをくらったような顔をする
#L=リベラ
「……いえ、私もそう推測しています」
#L=リベラ
「貴女は勘違いしているかも知れませんが、私は〈ファランダレス〉の全てを知っている訳ではありません」
シャルロット
「……補佐役というのは、単に知識の保持者ってわけじゃないんですか」 何の補佐役なんだお前
#L=リベラ
「私にはっきりと刻まれているのは、あくまで鍵としての役目までのようです」
#L=リベラ
「貴女を導くことが出来るのは、そこまで。此処から先は手探りしかありません」
シャルロット
「ここからはお互い手探りというわけですか……ご愁傷様ですね」 お互いに。
シャルロット
「ですが消えるわけではないと……」 可哀想に、とは口にしないが。
#L=リベラ
「てっきり、アレクサンドリアの覚醒と共に消えるだろうと思っていたのですけどね」
シャルロット
「……そのあたりについての苦情は、消え損なってくれた貴女に送り付けたいところです」 鍵あけるに至ったのはこいつのせいもある。
#L=リベラ
「そうですね。私が貴女が鍵を開けるように促したのは確かです」
シャルロット
「貴女はこれからどうしたいのですか?」 居残ってしまったが、目的がはっきりしない身として。
#L=リベラ
「わかりません。元々、私には意志というものがない。役目以外は、すべて貴女に依存していたのです」
シャルロット
「……では、概ね私と同じ感情を有していると?」
#L=リベラ
「貴女を補う存在として、貴女に足りていない要素が反映される事もあるようですが」 シャルロットの逆を映しだしたから、あんなに性格が悪かったのだ、と。
シャルロット
「困った影ですね……」 やれやれ、と以前はしなかったような仕草を見せて
#L=リベラ
「貴女の影ですから」
シャルロット
「私が困った子みたいに言うのはやめてもらえませんか!?」 なにいっちゃってんの!
#L=リベラ
「違いましたか?」
シャルロット
「ちっ、ちがいません」 噛んだが違うぞ。
#L=リベラ
「それはそれとして」
シャルロット
「はっきり結論を出す前に次の話題にさらっと……まあいいです。それはそれとして?」 なんですか?
#L=リベラ
「貴女は、これからどうするつもりなのですか。ユリウスに語ったような根拠はあるといっても、あれは不安定な推論に過ぎません」
#L=リベラ
「神たる存在に立ち向かうには、貴女たちの力はあまりに弱々しい」
シャルロット
「……力が欲しい、とは思いますが、そればかりは一朝一夕に得られるものではない」
シャルロット
「ユリウスとは違い、数字や計算から打ち出された勝機は一つも見えません。力の限り戦って、負ければ負けるだけのことだと考えています」 そればかりは、覆しようがない現実だ
シャルロット
「私の力も彼女には通用しなかった。……〈リベラリオン〉と結託して、どこまでやれるか」 自分相手だからこそ言う、赤裸々な悩み事。
#L=リベラ
「このままでは、力を合わせたとしても、絶望的でしょうね」
シャルロット
「……何か手だてがあるならともかく、そんな風にしたり顔で現実を語らいでいただけますか。タダでさえ困っているんです」 小さくぼやく。
#L=リベラ
「すみません。ですが、事実をひとつずつ捉えていくことが、貴女の力だと思っていますから」
シャルロット
「……何だか自分を自分で褒めてるようで気持ち悪くありません?」
#L=リベラ
「そうですか。ではこれ以上褒めるのはやめておきましょう」
シャルロット
「はぁ……呼び出す段階で緊張していたのがばかばかしくなってきました」
#L=リベラ
「結局、私は貴女ですから」
#L=リベラ
「自分の心と対話する事に緊張する方がおかしな事だと思いませんか?」
シャルロット
「初対面の出来事からして思えば、私は貴女を圧し折りたくなる程度には正しいことだと思います」 あのときの出来事はまだ記憶に残ってるんだからな
シャルロット
「貴女は補佐役ということですが、力としては何か出来ないのですか? たとえば、私と協力して力を増やす、であるとか」
#L=リベラ
「不可能ではありません。限度はありますし、〈ファランダレス〉の力を全て引き出すのは、私だけではどうにもならないでしょうけど」
シャルロット
「負担については、ヤンファさんが居ますから、私と貴女は力を引き出すことに専念するだけでよいでしょう」 そうすればひとつ多く力が出せるはずだ
#L=リベラ
「分かりました。それなら、それについては協力しましょう。貴女に消えられては、私は役割を全うするどころか、知る事もないまま消える事になる」
#L=リベラ
「それは、好ましくありません」
シャルロット
「とりあえず目標を探すのが目標ですね。……中々の空転ぶりはさすが私といったところです」 あきれがおだ。
#L=リベラ
「自分を褒めるのは気持ち悪いと言ったのは貴女ですよ」
シャルロット
「自虐なら良いというのもどうかと……それはそれとして。貴女には何ができそうですか?」
シャルロット
実際の力として、だ。まあ、乞うご期待とか言うならばそれもよしだが。
#L=リベラ
「……そうですね。貴女の振るう武器として多少の力の増強と、貴女の意志の加護の強化。そんな所が関の山でしょう」
#L=リベラ
「中継塔の攻略には、役に立つかも知れません。……ですが、アレクサンドリア自身には、それだけでは遠く及ばない」
シャルロット
「十分ですよ。……というか、本当にファランダレスというより私の影なんですね」 意志の加護なんて、ファランダレスにはできないだろうに
#L=リベラ
「何度も言っているでしょう」
シャルロット
「自分の事ほど信じられないとよく言うではありませんか」 これ相手だと、珍しく毒のある発言になる。
#L=リベラ
「よく言います。自分を信じられない者が、あの信念の矛と盾を扱う事は出来ないでしょう」
シャルロット
「しかしそれ以上の何かを得ろ、と。簡単に言ってくれるものですね」 それでは足りない。つまり、足りうる何かを得ろということだ。
シャルロット
「……真の意味での信念の力を、未だ引き出せていない、と……?」
#L=リベラ
「……そうかも知れないし、そうではないかも知れない。かの加護は、貴女自身で何処まででも成長し得る」
シャルロット
「……覚えておきますよ」 まだまだ精進が足らないと、そういうことなのだろう
#L=リベラ
「……何か大きく変わる時が来るとするならば」
#L=リベラ
「貴女が、真に心を持ったヒトである事を望んだ時、でしょうか」
シャルロット
「まるで、私が心のない人外みたいな口ぶりじゃありません……?」 その言葉に、こまったように腕を組んで。
#L=リベラ
「そこまでは言っていません。が、貴女自身、何処かしら自分という人間に疑問を抱いているでしょう」
シャルロット
「……」 隠しても無駄だということは理解している。だから、半眼になって口を閉じるだけだ
#L=リベラ
「どのようにしてその疑問を解消するのか、どんな答えを出すのかは、私は知りません」
#L=リベラ
「ですが、今ならば、私は貴女の分身として、可能な範囲で貴女に協力しましょう」
シャルロット
「……それは、貴女の“意志”のようにも感じますけどね」 意思なんかない、といっていたわりに、だ
#L=リベラ
「ならば、私にもそれが芽生えたのかも知れませんね。貴女が成長したように、私にもそういう変化が生じたのかも知れない」
シャルロット
「そのまま、貴女も貴女であるようにここに“在る”ことを祈りますよ」 そのほうが、きっといいのだから
#L=リベラ
「それが良い事なのかどうかは答えかねますが、ね」
シャルロット
「今度何かあれば構わず出てきてください。咎めはしませんので」 おおかた、話すことは話した。今はこれでいいはずだ
#L=リベラ
「余程無いでしょうが、覚えておきます。貴女は、必要の無い時以外は呼ばないように」
シャルロット
「話し相手に困ったときに呼びますので」 暇つぶしに
#L=リベラ
「暇潰しならヤンファとしてください。私はそれには応じません」
シャルロット
「……全く、つまらない相手です」 やれやれ、とこんどこそはっきり洩らして
#L=リベラ
「貴女自身ですから」
シャルロット
「では、また。同じ目標を達する為に」 力を貸し合おう、といって
#L=リベラ
「ええ、同じ目標を達する為に」
GM
そこまで言うと、彼女の身体は光となって〈ファランダレス〉に吸い込まれるように消えて行く。
シャルロット
「……自分との対話なんて、高位の神官でもなし得ないでしょうに」 これだけのことをして、出てきた感想は、疲れた、というのもだけだった

シャルロット
ふ……ぅ……」 独り、部屋へ戻ったその足で、小さなイスに腰掛けて背もたれに体重を押し付けた
シャルロット
「……」 乱雑に髪を乱し、コレまでにたまった疲労を表面に出す。ため息ひとつでは吐ききれないほどだった
ヤンファ
「………」 静まり返った兵舎の廊下をゆっくりと踏みしめ、彼女が居る部屋の前へやってくる
ヤンファ
……」 ふう、と一息。普段の緊張とはまた別の何かが胸の中で騒ぐ
ヤンファ
コンコン、とノック。居るなら既に気付かれているだろうが
シャルロット
どうぞ?」 ぎぃ、と背もたれから体を引き剥がして返答をドアのむこうへとかえす
ヤンファ
入るぞ」 そっと扉を開く 「悪ィな、軽く寝てたか?」 
シャルロット
「いえ。少し休んでいただけですよ。ちょっと、疲れが溜まってしまって」 苦笑して返す。誰かは、なんとなくわかっていた。
ヤンファ
「……そうか」 とりあえず何を言おうか。普段ならすぐ出てくるのだが、と思いつつ。部屋に入ってゆっくりと扉を閉める。
シャルロット
「……とりあえず、座ったらどうですか?」 落ち着かない様子に、思わず苦笑してイスを進める。
ヤンファ
「ン、あァ」 向かいにある椅子に掛ける
ヤンファ
「ユリウスには……会ったか?」
シャルロット
「会ってきましたよ。元気になってらっしゃったので、少し打ち合わせを」
ヤンファ
「打ち合わせ? また何か変なこと企んだんじゃァねえだろうなァ」 半ば呆れ顔で
シャルロット
「いえ。あの“協力者”のことをどこまでご存知か、少し気になりましたので」 別に企みごとって分けでは、なんて手を振って否定する
ヤンファ
「あァ、成程……つっても、おそらくは深いところまでは気付いてなかっただろうがな」
シャルロット
「あまり、意識していなかったみたいですね。……目的に一心だったのでしょう」 非難している……ようにはきこえない声音でフォローを入れる
ヤンファ
「ま、意識させないように仕向けられてたとも取れる。責任は誰も問わねえだろ」
シャルロット
「むしろ、背負わされてもいない責任を自分で担いで、戦いに赴く勢いだと思いますよ」 口元に手を当てて笑う
ヤンファ
「勢い余って死なねえようにしてもらわねえとな……そういやァ、“アレ”は返したのか?」
シャルロット
「ええ。アランさんの手から……ですが。あの剣は私の手に余ります」
ヤンファ
「そりゃ二本も物騒なモン担いでたら俺が制御しきれねえっての……」 困ったように笑う
シャルロット
「違いないです」 笑いを押し殺して続ける 「……それで、ヤンファさんはどうして?」 ここに着たのか、と暗に問いかける
ヤンファ
「あァ……いや」 頭をぼりぼり掻いて 「どうしてっかな、と思ってよ」 誤魔化すこともない。
シャルロット
「……どう?」 んん? 珍しく首をひねって眉を寄せる
ヤンファ
「その、なんだ。ジェラルドのオッサンがあんなことになったりして、平気そうな顔してるけど結構凹んでたんじゃねェかなって、な」
シャルロット
「あぁ」 理解出来るところだ。納得して……それから、困ったような苦笑を浮かべる。
ヤンファ
「……この先でまた無理されても困るからな」
シャルロット
その。申し訳ありませんが、そこに衝撃と言うか……意気消沈はしていませんから、ご安心ください」 あまり調子の良くなさそうな口調ではあるが、本当にそんなことはないと機って捨てた
ヤンファ
「ン、そうなのか」 なら良かった 「その割には、なんだろうな……よくわからねえけど、無理してるところがあるような気がする」
ヤンファ
「俺の気のせいだったらすまねえな」
シャルロット
「お父様は、その……どこまでが本意かわかりませんが、彼女に共感し“あちら”に居るのだと思っていますから」
ヤンファ
「だろうなァ。自分の意志で立ってる筈だ。何も考えてないなんてコトは無いだろうよ」
シャルロット
「騎士ザイアの教え、総てを護るという教義に、お父様なりの意志をみせているのでしょう」
ヤンファ
「が、その反面。何かが間違ってるとも心のどこかで思ってるんじゃァねえか」
シャルロット
「どうでしょう。お父様なら、間違っていると思う道は、選ばないように思います」
シャルロット
「でも、私たちにそれを強制することはしなかった。……お父様は、暗に自分で道を選べ、と。そう仰っているのでしょう」 自らの膝の上で、迷うように手を組み合わせては外す
ヤンファ
「自分の道……か」
シャルロット
「私はこちらへ行く。お前たちはどうする。そんな声を聞いたように思います」
ヤンファ
「こんなのがおかしい、と感じない人でもねえと思うんだがなァ」
ヤンファ
「……ま、その真偽は会って確かめりゃ良いが」
シャルロット
「全てを丸く治める回答なんてない。そう、理解しているのでしょう」 大人、ですから。と、寂しげに語る。
ヤンファ
「………」 やはり彼女の方が彼のことを理解してるのだろうかな、とも思いつつ聴く。
シャルロット
私たちが選ぼうとしている道は、人それぞれに、それぞれの責任を負わせる道です」 無理をしている。その回答のかわりにと、言葉を続ける
シャルロット
「私たちが救うのではない。それぞれが戦い、生きろと。……力をもたず、自らでは生きられない者すら例外なく」
ヤンファ
「………」 それを俺らが世界に選択させようとしている、か
シャルロット
「生も死もない世界から、生と死を問う世界へ、私たちは“それが正しい”と傲慢に答えを導いていこうとしている」
シャルロット
「……ユリウスが選ぼうとした道は、間違いではない答えです。それぞれに意志を求め、手の届かぬ壁に鉄槌を下すそのつもりだったのでしょう」
シャルロット
あたかも、世界の神かのようにね。と付け加えて
ヤンファ
「あァ。間違いじゃァない……だが多くのモノを犠牲にし過ぎた。己の家族さえも、な」
ヤンファ
「だから俺は納得が出来なかった……そして牙を剥いた」
シャルロット
「では、彼の救った者は? 蛮族が知らず撲滅され、内輪で解放だの保守だのと騒いでいた私たちを暗に護ったのもまた、彼ですよ」
ヤンファ
「こういう言い方は自分でも癪だが……救った者がいないなんてのはそもそも可笑しいだろう」
ヤンファ
「間違いじゃないから、救われた者がいるのもまた必然じゃァないか」
シャルロット
「……ええ。でも私たちは、ヤンファさんの言う通りに戦い、勝利した」
シャルロット
「結果それ自体は変わらなかったのでしょう。私たちが敗れても、アレクサンドリアは解放されていた」
ヤンファ
「………」 その点に関しては否定の言葉もない。
シャルロット
「……いいえ、そこが論点ではないですね。私は、事の推移や、行為の正否を問いたいのではありませんから」
シャルロット
「……ねえ、ヤンファさん。私には判らないことばかりなんです」 深くためて、吐き出すように、悲鳴のように言葉をつむいだ。
ヤンファ
「……なんだ」 前も少し言っていた。この道を迷う由縁。
シャルロット
「父親に刃を向けることの躊躇いは、どんな感情なんでしょうか。上に立ち、人を導き、救うという決意は理解出来る。でも、人並みの情動がわからない」 ぎゅう、と拳を握る
シャルロット
「ルナの事は、意識すれば追いかけられた。でも、エリカさんの事は、何故か掴めないんです」 漠然と、妹は助けなければいけない、という感情だけしか掴めない
ヤンファ
「………」 答え、というものは無い。人並み、なんてものが通じる状況でもない……がそれも答えとは異なる。
シャルロット
「そういうものだ、と思ってしまう自分がいます。日を追うごとに酷くなってる。いらないものをそぎ落として、本当と嘘を切り分けているような……」
シャルロット
「良く……判らないんです」 くしゃ、と独りだったときのように髪を乱す。
シャルロット
「私は、神様みたいな力も、才能も欲しくない。……わたしは、ひとでいたい」 祭り上げられる英雄になんか、ならなくていいのに。肩を小さくして、嗚咽まじりにもらした
ヤンファ
「シャル……」 どういった言葉を掛ければいいか、難しい。やはり此処に来るまでの迷い躊躇いは、その自信がなかったからなのだと改めて思う。
ヤンファ
「……悪い。上手く言葉が出てこない」 情けないものだ、と思いつつ。 「……でもな」
ヤンファ
「少し前から、思ってたことが……一つだけある」
シャルロット
「……なんですか?」 俯いて、表情を隠す格好で聞く。
ヤンファ
代々と力を授かった〈ヴァイケリオン〉を鞘からゆっくりと引き抜くと、凛とした音が静かに響く。
ヤンファ
「〈ファランダレス〉も、〈リベラリオン〉もコイツも……聖女の力も」
ヤンファ
「本来あるべきものじゃなかった……シャルが振るその力を見てきて、この前のユリウスの力を見て、そう思った」
ヤンファ
「そのせいで、まるでお前らが“人”じゃないみたいな……そんな気がしたんだ」 ま、俺もだけどさ、と後付けて。
シャルロット
「自分でそう思ってるのですから、気、とかじゃなくてそうだと言い切ってもいいんですよ」 苦い肯定は、乾いた笑いのようだ。
ヤンファ
「……」 それには敢えて言葉を返さず 「そして……アレクサンドリアが今持ってる力もそうだ、あれは“人”じゃない」
ヤンファ
「誰かが大きな力を持つ、それは人によって個人差があるから当然だが……これらはそれとは別次元だろうし」
シャルロット
「……」 魔剣の世代だのは語るまでも無く、超級の代物なのだろう。そんなことをぼんやり思った。
ヤンファ
「俺は……俺は、お前も、ユリウスも“人”であるべきだと。そうあって欲しいと」
ヤンファ
「……コイツらが無くなれば、お前らも等しく“人”になれるんじゃないかと……いや、俺がそう望んでるだけか」 苦笑して。
ヤンファ
「でも、だから……全てにケリつけて、この力たちが要らない世界であるべきじゃないかと思う」
ヤンファ
「力を持ってる俺が言うべき言葉じゃないかもしれないけど……な」
シャルロット
「だいぶ、私たち神官を否定する言葉ですよ、それ」 表情は見えない。が、漏れてくる言葉は面白がるような響きを帯びていた。
ヤンファ
「それとはまた違うニュアンスのつもり……だったんだけどな」 ふ、と少しだけ頬を緩めて  「悪い、やっぱ上手く言葉に出来なかった」
シャルロット
「神もまた、人であったのですから。暗に、神はいらないなんて言っているようなものです」
ヤンファ
「でもよ。実際、今の女神……納得できないからな、俺」
シャルロット
「どうやっていままで、そんな口下手で女の子を丸めてきたんです?」 顔を持ち上げて、僅かに涙の滲んだ瞳で不満げに睨みつける。
ヤンファ
「……馬鹿、口説きと一緒にすんな」 その表情に、無意識的に視線を逸らしそうになるが、堪える。
シャルロット
「でも……上手い言葉よりは、説得力がありましたよ」 睨む目の力をぬいて、ふっと笑う。
ヤンファ
「………」 そう言われても、どこか歯痒い気持ちは抜けない。色々迷った末にこんな曖昧な言葉しか出せなかったんだから。
シャルロット
「ヤンファさんは、誰か特定の個人が辛い思いをするのが、気に食わないって……そういいたいんですよね」
ヤンファ
「……そうだな。だって、300年も、俺らの中だけでこれが続いてる」
シャルロット
「皆が同じ辛さを分かち合うなら、いい。でも……なまじ力があるからと、あれやこれやとやらなきゃいけないのは間違ってるって」
ヤンファ
「……あァ」
シャルロット
「ちゃんと、気持ちは判ってるじゃないですか」
ヤンファ
「ン、なんだよ俺の翻訳機か」 上手く纏められたみたいで、逆に悔しいな。
シャルロット
「結局、ヤンファさんが一番お人よしだったってことです」 全く、とばかりに肩をすくめる
ヤンファ
「お人好し……なのかねェ」 言われるまでそんな捉え方しなかったが
シャルロット
「ジャンなんて名乗ってたのも、単純に私がヤだったんじゃなくて、他人の深いところに踏み込むのがいやだったからなんじゃないですか?」 んー? と意地悪そうに笑って顔を見る。
ヤンファ
「う、うるせェな……そりゃァ、単に逃げ回ってただけなんてのもあったけどよォ」 椅子に座ったまま、少し後ずさるように身体を後ろへ傾ける。
シャルロット
「もう……そんなんじゃこれからの戦いが危ぶまれますよ」
ヤンファ
「………」 冗談めかした彼女の発言に、少し目を伏せ
ヤンファ
この前、一緒に歩いていこう。そう言っただろ」 あの、封印を解く時の話だ。
シャルロット
「……え、ええ。そうお話しました」 急な切り替えに、目を丸くして。
ヤンファ
「今でも悪い気はしない……でも、やっぱり。手を繋ぐなら、《担い手》から降りた手を繋ぎたいんだ」
ヤンファ
「俺は、そのためにも、シャルのためにも……この戦いを終わらせて、お前と居たい」
シャルロット
「………え、っと……」 言葉に詰まってしまった。目が泳ぐ。
ヤンファ
「だから……一緒についてきて欲しいんだ」 席を立ち、シャルの前に。
シャルロット
「……そういうときは」 頬を薄く朱色に染めて。 「ついてこい、と。言い切っていいんですよ?」 男らしく。
ヤンファ
「……そうだな」 情けないか、と苦笑して。 「俺と一緒に、ついてこい」 座っている手を差し出し。
シャルロット
「……はい。どこまでもお供します、ヤンファ」 そっと手を握って、ゆるりと立ち上がる。
ヤンファ
やっと、そう呼んでくれたな」 その身体を引き寄せ、そっと抱きしめる。
シャルロット
「……きがついたら、距離を感じてしまって」 顔を赤くしながら、その肩に顔を埋める。
ヤンファ
「……悪ィ」 その頭を優しく撫で 「ってか……判らない、の答えにはならなかったか、結局」 自分に呆れるように笑い。
シャルロット
「ううん……いま、わたしはむねいっぱい」 ふるふる、とそのままちいさく首を左右に振る。
シャルロット
「だれかが好き、っていうのはきっと、とてもふつうで、大切な想いだと思うから」 ぎゅう、と抱き返して、満足げに呟いた。
ヤンファ
……~~っ」 流石の自分も、その言葉に正気では居られなくなる 「シャル」 そっと肩を離して、その瞳を見つめる。
シャルロット
「……」 されるままに身体を離して、瞳を見つめ返す。
ヤンファ
「……瞳を」 閉じて、とまでは言葉も出さず。
シャルロット
うん」 肩の力を抜いて、目を閉じ顎を上げる。

シャルロット
ランプの明かりで切り出された黒い影が、ひとつになる。
シャルロット
……静かに灰色の雪が降る夜の、小さな出来事。
シャルロット
この日が、私と彼との忘れられない……誓いを結んだ日となった。

GM
皆が寝静まった頃、アランは一人、夜空の下に立っていた。
GM
懐から取り出したのは、ひとつの小さなピアス。
GM
それを耳に取り付け、合言葉を唱える。
#アラン
「……繋がったか。俺だ」
GM
魔動通信機の普及し切った今のザルツ地方では、殆ど見掛ける事がなくなった〈通話のピアス〉。
GM
アランが使ったのは、そんな時代に取り残されたものだった。
#アラン
「悪いな。落ち着いて連絡出来るような状況じゃなくてよ」
#アラン
「ああ、今だって落ち着いてなんかいられねえ。とりあえず、現状報告だけすぱっとさせてもらうぜ」
GM
相手の「ああ」という短い答えを待ってから、アランは今まであったことを掻い摘んで通話先へと伝える。
GM
《虚音事変》以後のあらゆるザルツ地方の事件がすべて一人の裏で糸をひく者の仕業であったこと、そしてその正体が《虚音事変》で蘇った聖女アレクサンドリアであったこと。
GM
彼女の封印が完全に解かれ、ザルツ地方を中心に虚の世界が広がり始めていること。
GM
限られた時間の中では全てを伝えきる事は出来なかったが、現状が如何に絶望的な状況であるかを伝えるには十分だったようだ。
GM
アランの耳には、通話相手の重い声が届く。
#アラン
「……止められりゃァ良かったんだがな。悪い」
#アラン
「……ああ、お前ならそう言うと思った。ま、サンキューな」
#アラン
「だが今必要なのは労いや慰めじゃねェ。状況を打開する手段だ」
#アラン
「今の〈ファランダレス〉の《担い手》の力は確かにすげえが、如何せんまだ未熟さは否めない。かといって、俺を含めた他の奴らに特別な力がある訳でもない」
#アラン
「だから、お前には上に話を通して“アレ”の使用許可を貰って欲しい」
GM
通話口からは、驚いたような声が返ってくる。
#アラン
「分かってる。俺だって極力使うつもりは無い。が、万一に備えて準備はしておくべきだろう」
#アラン
「こんな事態だ。上も嫌とは言わねェだろうさ」
#アラン
「ただ……今のザルツにゃ先に話した《虚音》の影響で近付くのも困難だろう。それは俺たちでどうにかする。一応、その為の道は見えてるんでな」
#アラン
「お前はそれをすぐにこっちに持って来られるようにしといてくれ。状況が変わったらまた連絡する」
#アラン
「ああ、頼むぜ。それじゃ、そろそろ時間だ。またな」
GM
別れの句を告げると、ピアスを耳から外し、懐へ仕舞いこみ、空を見上げて大きく息を吐く。
#アラン
「アレを使う事のないよう、せいぜい神さんに祈るとすっかねェ」
#アラン
「そもそもの発端も、その神さんが作ったものっつーのがなんとも、だが」 皮肉げにそう言って、兵舎へと足を向けた。

GM
そうして、短くも長い一夜は更けて行く。
GM
それぞれの想いを胸に、私たちは決して止まる事なく歩き続ける。
GM
陽の光も、月の光も満足に届かぬ虚の世界(このせかい)で、世界を照らす星となる為に。

序話 「始動-虚ろなる世界-」 了