ＧＭ

兵舎から少し離れた、飛空船の前。

ＧＭ

フェリシアは一人、明かりを灯しながら飛空船の様子を見ていた。

ヤンファ

「お、いたいた」　ゆっくり歩きながら

ＧＭ

今この場に居る者の中で、数少ない魔動機師である彼女は、皆が休む中も黙々と作業に従事している。

#フェリシア

「……ん？」　マギスフィアで作った灯りを手に、声のした方を向く。

ヤンファ

「よォ。姿見えねえし、こっちに居るかと思ったらビンゴだったわ」　ピっと二本指を立て

#フェリシア

「物資が限られている今、管理はきちんとしないといけないからね。……流石に、飛空船の調整を陛下にまかせてしまうなんて訳にもいかないし」

ヤンファ

「お前がちゃんとゆっくり休んでるトコ見たことねえんだが」　くく、と苦笑して　　「ほれ」　ぽい、と袋に入ったドーナツを彼女に放る

#フェリシア

「ヤンファと違ってサボってないから余計にそう見えるんでしょうね……っとと」　急に投げられて落としそうになりながらキャッチした。

ヤンファ

「これでも結構あっちこっち動き回った方だと思うぜェ……？」　やれやれ、と肩をすくめつつ

#フェリシア

「……まぁ、最近はね。……今までの話よ、今までの」

ヤンファ

「まァ、な……今までか」

ヤンファ

「《呪音事変》から始まりーの……流石に変わりすぎたわ」

#フェリシア

「……ええ。私もこんな状況になるなんて予想してもいなかった」

#フェリシア

「今のヤンファに文句を言うつもりは少しも無いわよ。働きに関しては、だけど」

ヤンファ

「ンだよ、何か他に文句つけるトコあんのか」

#フェリシア

「顔とか態度とか言葉遣いとか色々ね」　少し休憩しましょうか、なんて言いつつ、飛空船から距離を置いて座って。

ヤンファ

「多いなァ……」　聞くんじゃなかった　　「おォ、ちょいと休もうぜ」　俺はなんもしてないが

#フェリシア

「細かい所まで言えば、数えきれないくらいよ。言い尽くそうとしたら、夜が明けるかもね」

ヤンファ

「オイオイ、明日が大変だってのにそれで夜が明けたら死んじまうって」

#フェリシア

「言わないわよ。私だって休みたいもの」

#フェリシア

「それで、どうしたの？　何か用があってきたんじゃないの？」　ドーナツの袋の中身を見ながら少しばかり顔をほころばせつつ。

ヤンファ

「ま、そうだよな」　ふー、と息をつき

ヤンファ

「あァいや。どうせ働いてるだろうなと思ってよ。こうやってりゃ嫌でも休むだろ」

ヤンファ

「後はまァ、礼とか色々」

#フェリシア

「……行動が把握されてるみたいで癪ね」　不機嫌そうな顔になって。　「……お礼？」

ヤンファ

「なんだかんだ付き合い長いからなァ」　カッカッカ、と笑い

ヤンファ

「俺らが色んなところに飛んでってる最中、敵中にいたみたいで気苦労かけたしな」

#フェリシア

「……そうね、数えてみれば、結構な期間かも」

ヤンファ

「ユリウスの目もあって、姫さんの身の回りも任せっぱなしだったんでなァ……」

#フェリシア

「それは謝る所じゃないでしょ。貴方たちは貴方たちで、もっと厳しい状況に身を置いていたんだから」

ヤンファ

「謝っちゃいねえよ。ただ、ある意味お前さんは一人だったしな。お礼、っつっただろ」

#フェリシア

「……マグダレーナ様をお守りするのは、私の仕事だもの。……本来なら厳罰ものだわ」

ヤンファ

「……ま、そりゃァ姫さんがどうしても一人でケジメつけたかったのはあるんだろうな」

#フェリシア

「……例えそうだとしても、ね」

ヤンファ

「………」　真面目な彼女らしいな

#フェリシア

「時々、分からなくなるのよ。命令に従うべきなのか、命令に背いてでもお守りすべきなのか」

ヤンファ

「そう、だなァ……俺だったら」

ヤンファ

「従って後悔するようなら、背くか、ね」

#フェリシア

「……後悔、か」

ヤンファ

「結局……国を守りたいだので軍人やってても、手元にある護るべきモンを失っちゃ意味もねえ」

ヤンファ

「そんな後悔するような命令、従うぐらいなら俺は軍服を脱ぐだろうなァ」

#フェリシア

「……ヤンファの口から、はっきりそんな言葉が出てくるようになるなんてね」

ヤンファ

「……だな」　　「前はただの宙ぶらりんだったわ、今思えば」

#フェリシア

「変わったわ、シャルロット様も、ヤンファも、エリカさんも、ソルティアさんも」

#フェリシア

「……きっとフーロン様も今頃鼻高々でしょうね。……いや、あの人に限ってそれはないか」

ヤンファ

「くく、あの親父は俺のことそんな風に褒めねえなァ」

ヤンファ

「《刃狼》の何たるか、芯までまだ俺は突き止めてねえしな」

#フェリシア

「四つの刃……だったかしら。あったわよね、家訓みたいなもの」

ヤンファ

「おォ、そういや話したことあったかもな」　いつかあったんだろう

#フェリシア

「ヤンファからも、フーロン様からも聞いた事があるわ」

ヤンファ

「親父からァ？　……そうかァ」

#フェリシア

「……なんだかんだ、貴方たちって話す事が似てるのよね」

ヤンファ

「あァ、よく言われる……っつーか先代から多分変わってないな」

#フェリシア

「すごいものね、血の影響って」

ヤンファ

「……血の影響、か」

#フェリシア

「……今私たちが置かれている状況だって、その“血”の繋がりの先にあるものなんでしょう」

ヤンファ

「……〈ファランダレス〉〈リベラリオン〉、〈ヴァイケリオン〉」

ヤンファ

「血の影響っつーか……よくもこんなモンが続いちまったモンだ」

#フェリシア

「……本当に」

ヤンファ

「……ずっと、このことに関わってから思ってたことがあるんだよ」

#フェリシア

「何？」

ヤンファ

「この、血の連鎖と継承されてきた剣……」

ヤンファ

「……もう、そんなモンが不要な世界になってほしいな、ってな」

#フェリシア

「……そうね。……三つの剣と、〈救世の弔鐘〉は多くの人を不幸にして来たんだと思うわ」　それだけではないかも知れないけど、とは付け加えて。

ヤンファ

「俺はまだマシだが……シャルも、ユリウスも。言い方は悪いが“ただの人間”とは言いがたい」

ヤンファ

「アレクサンドリアもある意味被害者だ。“人”としてじゃァなく、“兵器”として扱われたようなモンだったしな」

ヤンファ

「俺らは皆……差はあれど等しく“人”であるべきだと思う」

#フェリシア

「……私たちは、その連鎖を終わらせられるのかしら」

ヤンファ

「…………俺は、シャルに誓った」

ヤンファ

「共に歩くため、この道を進もう……ってな」

#フェリシア

「……そう。それなら、終わらせないとね」

ヤンファ

「決して楽観視なんかしてねえ……が、信ずるもののため。諦めるなんてことはしないと誓ったからな」

ヤンファ

「終わらせる。全員が諦めても、俺は……絶対に」

#フェリシア

「ヤンファがそう言うのなら、大丈夫でしょう。貴方は、本当に大事な約束だけは絶対に破らない。そういう人」

ヤンファ

「……あんがとよ」

ヤンファ

「っと、悪ィな。休憩させるつもりが励ましてもらったりして」

#フェリシア

「いいえ、私も元気を貰ったから」

#フェリシア

「……ひとつ、言っておくのなら」

ヤンファ

「ン？」

#フェリシア

「貴方が諦めないのなら、私も絶対に諦めない。だから、ヤンファが一人になる事はないわ」

#フェリシア

「大切な人たちへの気持ち……それが、きっと今私が持てる数少ない力だわ。それだけは、絶対に失くさない」

ヤンファ

「………」　一瞬、呆気に取られてから。　「……そうだな」　ふ、と微笑んだ

#フェリシア

「さ、行った行った。休む時間、無くなるわよ」

#フェリシア

立ち上がってぱんぱんと手を叩く。

ヤンファ

「っと、それもそうかァ」　トン、と軽く跳ぶように立ち上がり

ヤンファ

「また、明日。万全の状態で会うとしようぜ」

#フェリシア

「ええ、勿論。飛空船も、万全にしておくわ」

ヤンファ

「おォ。皺が増える前にちゃんと寝るンだぜ！」　とシリアスな空気を紛らわすように逃げるようにして去っていった。

#フェリシア

「……分かってるわよ」　その言葉に怒る事もなく、呆れたように言いながらも、その背中を微笑んで見送って。

#フェリシア

「――さて、続きといきましょうか」　ドーナツを一つ取り出して、少しちぎって口に含みながら、飛空船へと歩いていった。

---

#マグダレーナ

「――……」　それぞれが休息を取る中、マグダレーナは単身、静かに灰色の粉の降る景色を眺めていた。

#マグダレーナ

考えるのは、主に過去の事。今まで自身が歩んで来た道と、その結果。

ソルティア

「……マグダレーナ様？」　その後ろ姿に、ざくり、とヴァニタスの花を踏む音と共に近づいていく。

#マグダレーナ

「父上、私の歩んで来た道は――……」　足音に気付いて振り向く。　「ソルティアか、どうかしたのか？」

ソルティア

「休憩室にいたら、姿を見かけまして。外は冷えますよ？」　そういうソルティアの姿もマントを羽織っただけの軽装ではあるが。

#マグダレーナ

「平気さ。この地方の気候は温暖だ。これが降っていても、気温が変わる訳ではないようだしね」

ソルティア

「そうですね……見ているだけで心が冷えていく気分ではありますが」　失礼します、と軽く頭を下げて隣に並び。

#マグダレーナ

「ああ」　空を見上げて。　「あまり雪には縁がなかったから、こういう光景には憧れていたんだが、これでは流石にそんなものも感じられないな」

ソルティア

「雪を見るなら、もっと南へ行かないといけませんからね」　小さく頷き。

#マグダレーナ

「……無事に済んだら、皆で休暇として南へ旅をしてみるのもいいかも知れないな」

ソルティア

「そうですね。皆、で」　皆、と言うところを強調して。　「物憂げな顔をされてましたが……」　少し心配げな視線を向ける。

#マグダレーナ

「少し、今までの事を思い出していた」

#マグダレーナ

「父から志を継ぎ、シャルロットという妹を見守り、多くの人々の教えを賜りながら、人々を救わんとして歩んで来た道をね」

ソルティア

「……色々あった、と簡単に言うのが憚られる程、多くのことがありましたからね」

#マグダレーナ

「……ああ。それらすべての結果として、今のこの状況がある」

ソルティア

「……後悔なされていますか？」　顔は正面に向けたまま問う。

#マグダレーナ

「……無い、と言ったら嘘になるだろうな」

#マグダレーナ

「私は《担い手》でも無ければ、ユリウスのように統治者としてのカリスマも無い。いつだって、力不足に悩まされてきた」

ソルティア

「…………」　次の言葉を待つように、灰の雪が降る空を見上げる。

#マグダレーナ

「……むしろ、後悔の方が多いかも知れない。どうすれば、より多くの者の意見を反映し、それを実現出来るのか」

#マグダレーナ

「未熟な私には、荷が重い事ばかりだ。どうしても、悔いというものは出て来てしまう」

ソルティア

「……月並みな慰めの言葉しか出てこない身が不甲斐ないですね」　自嘲するような小さな笑みを浮かべて。

#マグダレーナ

「そんな事は無いさ。誰かの言葉は、どのようなものであっても私の励みとなり、糧となる」

#マグダレーナ

「それが信頼する者の言葉であれば、尚更ね」

ソルティア

「……では、僭越ですが」　小さく咳払いをして。　「マグダレーナ様は、それでいいのだと思いますよ」

#マグダレーナ

「……これでいい、か」

ソルティア

「特別な力を持つわけでもなく、特別カリスマに秀でているわけでもない。それでも皆、マグダレーナ様を慕い、後をついてきています」

ソルティア

「それは、マグダレーナ様が理想を追いかけ、努力する事を怠らずに進んでいるからだと思います」

ソルティア

「だからこそ、皆貴女を信じて着いてきているのだと思います。シャルロットさんのそれとは違いますが、マグダレーナ様もまた《人》と言うのを象徴する存在なのだと思いますよ」

ソルティア

「誰も特別ではなく、誰もが選ばれるわけではない。それでも自らの理想を信じ、誇りを抱いて誰もが進んでいく。マグダレーナ様は、きっとその象徴なんですよ」

#マグダレーナ

「…………」　目を閉じて、ゆっくりと自分の周りで支えてくれる者たちを一人ずつ思い浮かべていく。

#マグダレーナ

「……そうだな。こんな状況でも、君たちのように、私と共に歩んでくれる者が居る」

#マグダレーナ

「それが、私の今まで歩んで来た道の結果であるならば……何にも優る結果だろう」

ソルティア

「えぇ。そして今立っているここは、たどり着くべき場所ではなく、その途上に過ぎないのですから」

ソルティア

「ここを超えた先にたどり着くべき場所があり……そしてその後もまた進んでいく。少し哲学的な話になってしまいますが……」

#マグダレーナ

「……そうだな。私たちが意志を持ち続ける限り、ずっと続いていくはずだ」

ソルティア

「ベアトリス……いえ、アレクサンドリアは、この世界を“たどり着くべき場所”にしてしまったのでしょうかね？」

#マグダレーナ

「彼女の真意は、まだ計り知れない。だが……」

#マグダレーナ

「彼女も、ユリウスやアランたちと同じ血を引いているのならば――こんな間違った方法で“終わり”を作るだけだとは思えない」

ソルティア

「……まだこの先に、何かがある、と言う事ですか」

#マグダレーナ

「……というよりも、彼女自身に、まだ何かあるのではないか、かな」

ソルティア

「……僕は、迷っているようにも見受けられますが……」　アレクサンドリアが、だ。

#マグダレーナ

「迷い、か」

#マグダレーナ

「一見、この上なく堅い決意を持っているように見えても、彼女が人としての感情を残しているのならば、あるいはあるのかも知れないな」

ソルティア

「僕は彼女に最後に問いました。こんなものが人の幸せなのか、と」

ソルティア

「……アレクサンドリアは否定も肯定もせず、ただ、そこで見ていなさい、と答えただけでした」

ソルティア

「それは、彼女自身その問いに答えられず……それを見た僕らに答えを委ねたのかもしれない。楽観的かもしれませんが、そう思ってしまうんです」

#マグダレーナ

「君がそう感じたのならば、君にとってはそれが答えで良いのだと思う」

#マグダレーナ

「今まで、君がベアトリスという人物と接して来て抱いた思いの結果が、それなのだろう」

ソルティア

「……ありがとうございます」　小さく頭を下げ。　「……ここに来る前、アカシャと会って来ました」

#マグダレーナ

「……ああ、聞いている」

ソルティア

「アカシャは泣きながら、僕に切りかかってきました」　自分の腹の辺りを押さえ。　「……アカシャは優しく、思いやりのある子です。それが、あんな行動を取るような、そんな世界なら……」

ソルティア

「……僕はこの世界を否定します。こんなものが、人の幸せでは、無いはずです」

#マグダレーナ

「……私もだ。例え、彼らが彼らの中だけならば諍いもなく、平和に過ごせているのだとしても」

ソルティア

「争いがある世界が不幸で、無い世界が幸せだとは思いません……幸と不幸は、争いと関係はあれど、直結しているわけでは無い……」

#マグダレーナ

「彼らの見ているもの、感じているものが幸福だとは私は思わない」

ソルティア

「……はい。だから、取り戻したいと思います。彼女達の優しさを、人を思いやる気持ちを……」

ソルティア

「……彼女にも、それを知ってもらいませんと」　そう言って見上げた月に誰を重ねたか、言うまでも無いだろう。

#マグダレーナ

「……彼女と剣を交えるのは辛いか」

ソルティア

「えぇ」　と頷き。　「でも、これが最後だと信じます――いえ、最後にしてみせます」

#マグダレーナ

「彼女を取り戻せるのは、君たちをおいて他には誰も居ないだろう」

#マグダレーナ

「他の事は二の次でいい。全力で、彼女を連れ戻すといい」

ソルティア

「はい」　小さく頷くその顔に、もう迷いや躊躇は無い。

ソルティア

「……どうせなら、君をおいて、くらいは言って欲しかったですけどね」　と冗談めかして笑い。

#マグダレーナ

「……ふふ、それは彼女自身から聞きたい言葉かと思ってね」

ソルティア

「はは……なんて声をかければ、そう言って貰えますかね」　少し照れたように頭を掻いて。

#マグダレーナ

「それは、彼女を一番よく知る者だけが出せる答えさ」

ソルティア

「再会するまでに考えておかないといけませんね」　くすり、と笑い。　「……そろそろ僕は戻りますが、マグダレーナ様はいかがします？」

#マグダレーナ

「私はもう少し、此処に居るとしよう。しっかりと、決意を固めておきたいんだ」

ソルティア

「分かりました。ではお先に失礼します……出来れば早めにお休みくださいね？」　と丁寧に一礼する。

#マグダレーナ

「ああ、ありがとう。君たちも、皆と話をして回るのもいいが、身体を休める事を忘れないように」

ソルティア

「えぇ、お互いに」　では、ともう一度軽く頭を下げてその場を離れていく。

#マグダレーナ

「……」　ソルティアの姿を見送ると、再び空を見上げる。

---

ヤンファ

「――なんだァ、ソルティアに口説かれてたのか姫さん」　飛行船の方から戻ってきた

#マグダレーナ

「彼が口説くべき相手は、他に居るだろう」

#マグダレーナ

「君の方こそ、私の所へ来るなど珍しいじゃないか」

ヤンファ

「ま、どうせさっきもそんな話してたんだろうしな」　ルナティアの。　「あァ、ちっと飛行船の様子見に行っててな」

ヤンファ

「帰り道に偶然、って奴だ」

#マグダレーナ

「飛空船というと……フェリシアか。彼女にも、相変わらず負担を掛けてしまっているな……」

ヤンファ

「ま、だからこそ様子見に行ったんだよ。声かけなかったら休もうともしねえからなァ」

#マグダレーナ

「いや、最近は声を掛けても休まない事すらある」　だから休め、なんて言う時もあるんだ、と少し冗談を交えるように言う。

ヤンファ

「姫さんの命令護らないとは度胸あるねェ」　くく、っと笑い。隣いいかい、と軽く聞きつつ

#マグダレーナ

「まったく……誰の影響を受けたのだろうな」　隣、には勿論だ、と答えて。

ヤンファ

「俺の横にいる人のせいにも見えるがなァ……」

#マグダレーナ

「……私のせいではないだろう」　多分。

ヤンファ

「……くくっ。やっぱ、シャルの姉さんだな」

#マグダレーナ

「……しかし、偶然とはいえ君が私に声を掛けて来るとはな。正直、避けられている部分があると思っていたよ」

ヤンファ

「ン、あァ……なんだろなァ」

ヤンファ

「避けてたっつーか、シャルの面倒、見きれてるようで見きれてない部分もあったから……ちゃんと顔向けできないトコとかはあった」

#マグダレーナ

「そんな事は無かったと思うが。……それを言えば、私の方こそ彼女に姉らしい事をしてあげられていないのだしな」

ヤンファ

「それは立場とかもあると思うが……」

ヤンファ

「でもまァ、どの道姫さんとはちゃんと話そうと思ってたことはあるしな」

#マグダレーナ

「そうだな。私も一度、君とはしっかり話し合わなければならないと思っていた」

ヤンファ

「………え」　そっちも？　やっぱり？

#マグダレーナ

「ああ」　はっきりと頷く。　「どうせなら、君の方から言うといい」

ヤンファ

「………」　頭がしがし搔きつつ

ヤンファ

「……この数年間、アイツの護衛したり、旅したりしてきた」

ヤンファ

「言われなかったけど姫さんも知ってたと思う。最初はすげえ嫌だった」

#マグダレーナ

「……ああ」

ヤンファ

「でも、衝突して、自分の意志で《担い手》を護ることにして、見守ったり、助けたりした」

ヤンファ

「ずっと見てきて……気がついたんだ。俺は、“シャルロット”を護っていた」

ヤンファ

「オッサンが居ない今、そんなハッキリと言える状況じゃねえが……」

ヤンファ

「事済んだら………」　一度、唾を飲み込み

ヤンファ

「――シャルロットを、貰いたい」

#マグダレーナ

「――……」　そんな言葉に、口元に笑みを浮かべ、目を伏せて。　「あの子は、私の大事な、今生きている唯一血の繋がった家族だ」

ヤンファ

「………」　返事がちょっと怖い。こういうの普段ないんだけどな

#マグダレーナ

「例え護衛であっても、そう簡単に渡したくはない」

#マグダレーナ

「そう思っていた。いや、今でもそう思っている」

ヤンファ

「………まァ」　そうだよな

#マグダレーナ

「君は、不精で、いい加減で、よく怠けるし、フェリシアにも叱られていたな」

ヤンファ

「………」　ぐうの音も出ない

#マグダレーナ

「そんな相手に、大切な妹を渡したいと思うか？」

ヤンファ

「いや………」　そこまで言われると同意せざるを得ない

#マグダレーナ

「だから、君には渡せない、と思っていた」

ヤンファ

「……え……」

#マグダレーナ

「……だが、君は変わった。彼女と共に歩み、《刃狼》として、一人の男として、前を向き、進めるようになった」

#マグダレーナ

「シャルロットが如何に優れた才能を持っていても、あの子も一人の人間だ。些細な不安にだって押し潰されそうになる、そんな普通の心を持っている」

#マグダレーナ

「そんなあの子に、一番必要なものは、どんな時も傍で支え、叱咤し、手を引いてくれる存在だろう」

ヤンファ

「………」

#マグダレーナ

「……今の君ならば、出来るな」

#マグダレーナ

「彼女自身も、君にそれを、君自身が傍に居る事を望んでいる」

ヤンファ

「………」　ふう、と目を閉じ　　「――勿論だ」

#マグダレーナ

「だから、私からもお願いしよう」

#マグダレーナ

「――私の大事な家族(シャルロット)を、宜しく頼む」　そう言って、深く頭を下げた。

ヤンファ

「って、ちょ……」　姫から頭を下げられるとは思わず、少し動揺してから

ヤンファ

「……いや」　首を横に振り

ヤンファ

「――こっちこそ、温かく、見守っていて欲しい」　同じように頭を下げた

#マグダレーナ

「……ふふ、なんだかおかしいな。君と一対一で面と向かって話す話題が、このような話だとは」　顔をあげて、顔の前に手をやって笑う。

ヤンファ

「そう、だなァ。今まで話したこともなかったし、な」　その仕草に、顔を上げ、表情を緩める

#マグダレーナ

「君が家族になるというのなら、これからは遠慮なく色々と言えるというものだ」

ヤンファ

「おォ……そいつは中々手強そうだ」　半ば愉しそうに肩を竦め

#マグダレーナ

「ふふ、楽しみにしておくといい」

ヤンファ

「……ま、その話進めるには、もう一人話をしとかないといけない人がいるけどな」

ヤンファ

空を見上げ、浮いた遺跡を眺めつつ

#マグダレーナ

「――ああ」

ヤンファ

「理由なく、こんなことに手を貸す人じゃァねえ筈なんだ」

#マグダレーナ

「……だろうな」

ヤンファ

「……シャルの為にも、連れ戻さねえと」

#マグダレーナ

「……必ず、な」

ヤンファ

「あァ」　改めて心に誓い、頷いた

ヤンファ

「……しっかし、こんな状況で何話してんだか俺」　頭ぼりぼり搔いて

#マグダレーナ

「こんな状況だからかも知れないぞ。普段しないような事をする機会だからな」

ヤンファ

「だといいがなァ」　苦笑した

#マグダレーナ

「さて……」

ヤンファ

「ま、フェリシアにも言ったが姫さんも夜更かしは程々になァ」

#マグダレーナ

「ああ、君こそな」

#マグダレーナ

「だが、君には一つ命令を出しておこう」

ヤンファ

「ン……？」　命令？

#マグダレーナ

「休む前に、シャルロットと話して来なさい。内容は何でもいい」

ヤンファ

「……なんだ、もっと他のこと言われるモンと思ってたが」　構えてしまったじゃないか

#マグダレーナ

「今の君にとっては、一番重要な事だろう？」

ヤンファ

「あァ。それに、シャルにとっても、な」

ヤンファ

「むしろ、今から行こうと思ってたんだよ」

#マグダレーナ

「そうか。では命令を出すまでもなかったな。お節介だったか」

ヤンファ

「色んな奴と話して、腹括ってからにしようと思っててな」

ヤンファ

「アイツのショックは大きいが、凹んでる顔なんて他の奴らに見せれねえだろうし」

#マグダレーナ

「私がその最後という訳か」　ジェラルドを除いては。

ヤンファ

「あァ」　頷き。　「ちゃんと、支えれる自信もってからじゃァねえとな」

#マグダレーナ

「……そうか。では、後は君に任せよう」

#マグダレーナ

「何があっても、彼女を支え続けてくれ、ヤンファ」

ヤンファ

「任せとけ」　二言なく頷き　「でも、女にしか解らねえ悩みもあるだろうからな」

ヤンファ

「そんときは姉さんとしてそっちも支えてやってくれよォ？」

#マグダレーナ

「無論だ。君ではどうにも出来ない所を支えるのも、家族の役目だからな」　家族、にはヤンファとシャルロット、両方を含んで。

ヤンファ

「そいつは頼もしいな」　笑って踵を返し

ヤンファ

「じゃ、また明日だ。全員、決心して臨めるようにしようぜ」

#マグダレーナ

「ああ、また明日」

ヤンファ

軽く手を振ってから、その場をゆっくりと去っていった

#マグダレーナ

「――……」　去っていくヤンファの背中を見送ってから、三度空を見上げる。

#マグダレーナ

「……親や姉は、後に生まれた家族の道を切り開く為に在るものだ。ジェラルド、貴方は私に、そう言ったな」

#マグダレーナ

「その言葉、私は信じているぞ」　虚空へそう呟いてから、踵を返して兵舎へと戻って行った。

---

エリカ

「―――」　ユリウスと話した後、まだ、そのままぼんやりと灰色の雪が降る景色を眺めている。

エリカ

ユリウスを殴った両拳は、赤く腫れている。……治そうと思えば治せるが、そんな気にもならず、そのままだ。

ＧＭ

そんなエリカの後ろから、ざっざっとはっきりとした足音が聞こえてくる。

#アラン

「こんなトコにいつまでも居ちゃ、風邪引くぜ」

#アラン

そんな様子を見て、近付きながら声を投げる。

エリカ

「……アランさん」　声をかけられて、漸く振り向き。　「……大丈夫ですよ。雪みたいなの降ってますけど、別に、冬みたいに寒いわけじゃないですから」

#アラン

「寒かねェがな。ここんとこ無茶続きで疲れてんだろ」

エリカ

「……部屋でゆっくり休む気にもなれなくって」

#アラン

「……ま、そりゃそうか」　そのままエリカの隣まで歩いて行って。　「眺めだけなら、ロマンチックなんだがなァ」

エリカ

「本物の、雪なら……そう思いますけどね」　　「……こんなの、気持ち悪いだけです」

#アラン

「……だな」　頷いて。　「多少は、落ち着けたか」　色々と考えるくらいは出来るようになったか、と。

エリカ

「……正直、あんまり」　僅かに首を横に振り。　「……いろいろ、考えはしますけど。なんだか、ぐちゃぐちゃで」

#アラン

「そりゃそうか。こんな状況で落ち着けって方が無理な話だ」

エリカ

「……皇帝陛下に偉そうなこと、言ったりしたけど」　自分の両手見つめて。　「……自分がどうしたらいいのか、わからなくて」

#アラン

「俺はアイツらと一緒に中継塔を回って、アレクサンドリアに協力してる奴らから力尽くでも話を聞きに行く」

#アラン

「……そんで、モニカちゃんやアカシャちゃんたちを取り戻す。約束通りに、な」

エリカ

「……私は……」

#アラン

「どうしたらいいか、なんて答えを出すにゃ、事態は複雑過ぎるからな。仕方ねェよ」

#アラン

「そういう時は、どうしたらいいかじゃなく、どうしたいかを考えてみろ」

#アラン

「お前にとって、失くしてはならないもの。お前をお前たらしめる本当の気持ち。それを自分自身に聞いてみな」

エリカ

「……私、怖いんです」

#アラン

「…………」　黙って続きを待つ。

エリカ

「……中継塔に行って……お父さんに会えば、また、モニカの時みたいに……私がずっとやってきたこと、全部、否定されるんじゃないかって」

エリカ

「……でも、今一番怖いのはそうじゃない」

#アラン

「……ン」

エリカ

「モニカに、ああ言われて、私、自分の中の全部が否定されたみたいだった」

エリカ

「ずっと、私、頑張ってきたのに、って。ずっと、ずっと、私が！」

エリカ

「……私は、そんな風に、自分のことばっかり考えてました。でも、ソルティアさんは、あんなことされても、アカシャちゃんを抱きしめて」

エリカ

「……比べたってしかたないって解ってるんです。でも！　……私はあんなふうに出来なかった。もしかしたら、私は、家族を本当に愛してなんかいないんじゃないかって」

エリカ

「ずっと考えないようにしてた。でも、本当は時々思ってた。モニカがいなければ、私はもっと楽に生きられたんじゃないかって」

エリカ

「いつだったか、あの子……ルナティアに、そこを触れられたこともあった」　妹が死んだと嘘をつかれて。ほっとしたかと。　「けど、ずっと目を逸らしてた。そんな自分はいない、いちゃいけないって」

エリカ

「私なりに、良い姉でいなきゃいけないって……っ」　声は震えて。

エリカ

「でも、皆、私よりずっと凄い姉で、兄で、家族思いで！」

エリカ

「私の家族愛なんて、上辺だけのものなんじゃないかって……っ」　ぼろぼろと、涙も堪え切れず。

#アラン

「……ンな事ある訳ないだろ」　涙を零すエリカに、静かに告げる。

#アラン

「お前は今までずっと、命懸けでモニカちゃんを守って暮らして来た」

#アラン

「冒険者になってからは、慣れない仕事と同僚の中、必死こいて付いて来た」

#アラン

「軍属になってからは、もっと過酷だ。文字通り命を賭けて、生死の境を彷徨って、それでも此処まで来たんだろ」

#アラン

「上辺だけの気持ちしか持ってない奴にそんな事が出来るか？　家族のことで今のお前みたいに悩んで、涙なんて流せるのかよ」

#アラン

「それに……」

#アラン

「お前は、家族を奪われても、どれだけの恨みを持ってても、ユリウスを殺しはしなかっただろう」

#アラン

「家族を大事に思う気持ちを持ってない奴には、絶対出来はしねェ事だよ」

#アラン

「確かに、マグダレーナの姫サンも、ソルティアも、ユリウスだって家族思いの立派な奴らだ」

#アラン

「だけどな。俺はその誰よりも、お前の方が立派に姉らしい奴だと思ってる」

#アラン

「俺はずっとお前が羨ましかった。近くに守るべき家族が居て、それを頑張って守ってるお前の強さが」

#アラン

「お前の気持ちは失くなってなんかいないし、否定されてもいねェし、誰にも否定させねェ」

#アラン

「胸を張れ、エリカ。お前は、誰よりも家族思いだよ」

エリカ

「っ、アラン、さん」　涙は、拭っても止まらず。　「……、～～～っ」　色んな感情が綯い交ぜになって、嗚咽だけが漏れて。

#アラン

「好きなだけ泣け。それが、お前が家族を想ってる何よりの証拠だ」

エリカ

「っぅ、ぁ……！」　そのまま、その場でひとしきり泣き続けた。

#アラン

「……」　その身体を胸に抱き寄せて、落ち着くまでただ無言で待つ。

---

エリカ

「……」　嗚咽は収まり。ぐす、と鼻啜り。

#アラン

「ありがとな」　ようやく泣き止んだ彼女に、そんな言葉を掛ける。

エリカ

「……？」　ふぇ、と。顔上げ。アランの方から感謝の言葉が出るとは思わず。

#アラン

「ユリウスの事、あれだけで済ませてくれたことと、俺の代わりにぶん殴ってくれた事だよ」

#アラン

「俺にとっちゃ、どんな事をしてきたとしても、アイツは大事な兄貴だからな。死なれたくはねェし、出来れば殴りたくもない」

エリカ

「ぇ、あ、いや、その、むしろ殴っちゃってごめんなさいって、いうか……」

#アラン

「いいんだよ、殴られたお陰で男前になってたしな」

エリカ

「は、はあ……」

#アラン

「……ま、アイツはもう大丈夫だ。これからは、皇帝然としてくれるだろうぜ」

エリカ

「……そうですか。それなら、よかった」

エリカ

「……あの、アランさん」

#アラン

「……あん？」

エリカ

「私も、皆と一緒に行きます」　　「……私、こんな世界、嫌です。もっと、ちゃんとした世界で、皆と幸せになりたい」

エリカ

「それに、お父さんとも話したい。……どれくらい、私の言葉が届くかわからないけど。でも、会いたいんです」

#アラン

「それが、お前の気持ちなんだな」

エリカ

「はい」

#アラン

「なら――」　右手の小指を立てて、エリカに差し出す。　「約束だ」

#アラン

「俺は、そう出来るようにお前を守る。お前は、一緒に歩んで最後におもいっきり笑う」

エリカ

「……」　差し出された小指に、一瞬きょとんとして。　「……はい」　頷いて、自分の右手の小指を引っ掛けて。

エリカ

「嘘だったら針千本、ですね」

#アラン

「任せろ」　勿論、約束を守る方を。

#アラン

その小指にぐ、と一度力を入れてから、ゆっくりと離す。

エリカ

「……」　少し名残惜しげに、離れる指を見て。

#アラン

「……っし、じゃ、今日の所はゆっくり身体を休めるとしようぜ」

#アラン

「立ち向かうんなら、これから先はこれまで以上にハードだ。万全の状態にしとかねェとな」

エリカ

「……そうですね」　いろいろ吐き出したせいか、本当の意味で落ち着いてきた気がする。

#アラン

「ほら、戻ろうぜ」　その背中を優しくとん、と押して、兵舎の方へ一緒に歩いていこう。

エリカ

「はい」　頷いて兵舎へ戻ろう。

---

#アラン

エリカと兵舎に戻って来た後、彼女とわかれてから部屋に戻る為に廊下を歩いている。

#アラン

その表情は、どことなく上機嫌だ。

ソルティア

「……おや？」　そこへ、ひょこっと廊下の角を曲がって顔を見せる。

#アラン

「……あん？」

ソルティア

「アランさんじゃないですか。奇遇ですね」

#アラン

「ソルティアか。お前もヤンファも、色々と大変だな」　挨拶回り。

ソルティア

「はは、大変ではないですよ。うろついてると意外と皆に会えますからね、こうやって」

#アラン

「お前の奇遇っつー言葉はなんとなく胡散臭いのは気のせいか……」

ソルティア

「……本当に偶然なんですが、何か大半の人から同じことを言われる気がします」

#アラン

「日頃の行いって奴だな」

ソルティア

「酷い誤解を受けてますね……」　はは、と笑ってるけど地味にショックっぽい。

#アラン

「冗談だよ。本気にすんなって」

ソルティア

「まぁ、こんな状況ですし。素直に休むにも落ち着くまでは休めずに皆うろついてるんでしょうねぇ……」

#アラン

「まァ、そうだろうな。かくいう俺も落ち着いて休めるかって言われるとそうでもねェし」

ソルティア

「ところでアランさん、妙にご機嫌ですね？　何かあったんでしょうか」

#アラン

「エリカと話をしてきて、な。みんなと一緒に行くってよ」

ソルティア

「あぁ、エリカちゃんと……覚悟は決まったんですね」　ほっとした表情を見せて。

#アラン

「覚悟っつー表現が合うかは微妙なトコだが、自分の気持ちは確かめられたみたいだ」

ソルティア

「そうですか……その、ありがとうございます。お礼を言うのは変ですけど……」

#アラン

「止めてくれよ、ンな他人行儀なの」

#アラン

「俺だってお前たちと同じ《アストラム》の面子で、今まで付き合って来たんだぜ？」

ソルティア

「すみません、でも何て言えばいいのか分からずに」　ちょっと困った顔になって。

#アラン

「オイオイ、そんな調子で大丈夫かよ。あのチビ、取り返すんだろ」

ソルティア

「チビ……ルナの事ですか？　それはもう取り返しますよ」　こくりと頷いて。

#アラン

「ああ」　ルナの事？　には頷いて。　「何て声を掛けてやるか、きちんと考えておいてやれよ。そればっかりは、俺にゃできねェんだからな」

ソルティア

「彼女……ルナに関しては、言いたい事や言うべき事は何となく分かるんですけどね。やっぱり長い事一緒に居た間柄ですから」

#アラン

「……何か言うようになったな。前はアイツの事に関してももっと自信なさげだった気がするが」

ソルティア

「えぇ、否定はしません。前まではこう、彼女のことを理解しきれてなかった……というより、彼女を信じる自分を信じ切れなかった、という感じでしたから」

#アラン

「成程、な」

ソルティア

「シャルロットさんの方がルナの事を理解してるんじゃないか、と言う思いもありましたし。いえ、シャルロットさんが悪いわけではけして無いんですけれども」

#アラン

「人の心にあらゆる意味でずばずば入り込んで行くのは、アイツの才能の一つなんだろうなァ」

ソルティア

「良い意味でも悪い意味でも、ですね」

ソルティア

「でも、エリカちゃんにはっぱかけられちゃいましたからね。彼女に言わせるようでは、さすがに僕もうじうじは言っていられませんよ」

#アラン

「そういうこった」

#アラン

「……ま」

#アラン

「シャルロットとルナティアがどうだろうが、お前とルナティアの関係は変わらねえだろ。ちゃんと、自分の気持ちを信じてやれよ」

ソルティア

「はい、信じますよ。僕の心も……ルナの心も」　にこ、と。気負いの無い笑みを浮かべて。

#アラン

「お前のそういう顔、結構一緒に居る割には初めて見た気がすんな……」

ソルティア

「僕もこれだけ断言するのはめったに無いですからねぇ。エリカちゃんには感謝しないと」

#アラン

「他の事でも、もうちょっとぐいぐい行っても――いや……そうなると俺ら収拾つかなくなるな」

ソルティア

「他の事でぐいぐい行くのはシャルロットさんにお任せです……」　ちょっと苦笑して。　「ところで……」

#アラン

「どうした」

ソルティア

「アランさんはエリカちゃんの事をどう思ってるんですか？」　と首を傾げる。

#アラン

「まァた唐突だな」

ソルティア

「いえ、この前からエリカちゃんの事を特に気にかけてるみたいでしたから、ちょっと気になって」

#アラン

「お前に、ヤンファに、シャルロット。他の奴らは強いんだよ」　経験から、自分にある程度の自信を持てる、という意味で。

#アラン

「だが、エリカはそういう意味では弱い。当たり前だ。今までごく普通の生活を送ってきてたただの町娘なんだからな」

ソルティア

「…………」　こくりと頷いて肯定を示す。

#アラン

「聖戦士として、俺はそういう“普通”の人たちを守る事を誓いのひとつにしてる。だから、他の奴より気にしてる面はあった」

ソルティア

「実際、僕やヤンファさんもエリカちゃんの事は気にかけてましたしね」　こくり。

#アラン

「……が、今はそれだけじゃァない。アイツが確かに持つ別の強さに、俺は惹かれてる」

ソルティア

「おぉ？」

#アラン

「ま、そんなとこだ」

ソルティア

「なるほど。いや、いいんじゃないですか？　意外とお似合いな気がしますよ……意外とってのは失礼かもしれませんが」

#アラン

「別にお前の許可を求めてはいないがな……」　なんだよいいんじゃないですかって。

ソルティア

「あぁすみません、許可と言うより同意に近いつもりでした」

#アラン

「……何にせよ、そういう事を真面目に考えるにはもうちょっと状況を落ち着かせねェとなァ」

ソルティア

「……そうですね。このままじゃ街に帰る事も出来ませんから」

#アラン

「ソルティアよりも、モニカちゃんの許しを得なきゃなんねェしな」　冗談らしく言って。　「モニカちゃんも、アカシャちゃんも、ギルのおっさんも、エルシオーネも。みんな、取り戻してやろうぜ」

ソルティア

「全くです。割と大変かもしれませんよ？」　と笑い。

#アラン

「人間本気になったら大体の事は出来るもんだ」

ソルティア

「僕らが築いてきた世界、ですからね」　こくり、と頷いて。　「後一頑張りですよ」　拳を握って軽くアランに向ける。

#アラン

「ああ。誰か一人の好きになんてさせはしねェ」　同じく拳を握って、こつん、と拳同士をぶつけあう。　「やってやろうじゃねェか」

ソルティア

「えぇ」　強気な笑みで答えて。　「それじゃ……ちょっとエリカちゃんの所に行って話でもしてきましょうかね」

#アラン

「ああ、見違えた……とまでは行かないかも知れないが、それなりにゃすっきりした顔になってると思うぜ」

ソルティア

「えぇ……やっぱりありがとうございます、と言わせてもらいますよ。アストラムの一員としてではなく、エリカちゃんの隣人の身として、ね」　「それじゃ、失礼します」　最後に軽く手を振って、すれ違っていく。

#アラン

「それなら素直に受け取っておいてやる」　

#アラン

「あァ、じゃァな」　手をひらりと振って、アランも歩き去って行った。

ソルティア

振り返って笑顔を見せ、そのまま歩き去っていく。

---

エリカ

「……」　アランと別れたあと、部屋に戻り。黙々と、自分の両拳の手当をしている。……自分の手を手当するとなると、流石にやり辛くてまごつくが。

ソルティア

「……エリカちゃん、いる？」　そこへ、ノックの音と共に聞きなれた声が部屋の外から聞こえてくる。

エリカ

「……あ、はい」　と。視線を扉の方へ向け。　「開いてます」

ソルティア

「うん、お邪魔するね」　一言断りを入れて部屋に入ってくる。剣一つさげただけのラフな格好は、エリカにはむしろ馴染み深い姿だろう。

ソルティア

「ん……手の治療中だった？」　机の上に転がってる救急箱を見て。

エリカ

「えっと……はい、まあ」　そんなところです、と。曖昧な返事。微妙に、真っ赤に腫れた拳隠すようにしつつ。

ソルティア

「はは……隠さなくても大丈夫だよ。ユリウス陛下に会ってきたんでしょう？」　「手は自分だと大変でしょ。ほら、見せてみて」

エリカ

「まあ……そう、です。正確には、あの人の方から、来たんですけど」　会いに。　「え、あ……すいません」

ソルティア

「うん。陛下、何だかんだで皆と会ったみたいだからね。最初ヤンファさんが会いに行って、次は僕。その後、エリカちゃんのところに行くって言っていたから……」　エリカの手を取ると、慣れた手つきで治療を進めていく。

エリカ

「……そうだったんですか」

ソルティア

「あの調子だと、多分シャルロットさんの所にも行ったろうね。いや、行ったのはシャルロットさんの方かもだけど」

エリカ

「……」　あの時、既に立ち直りかけていたふうだったのは、そういうことだったのか。

ソルティア

「……アランさんも、会ってきただろうね。マリウスさん、と言うべきかもしれないけど」　視線をエリカの手に落としたまま、治療の最後に包帯をくるくると巻いていく。

エリカ

「……私達にとっては、アランさんですよ」

ソルティア

「ん、そうだね」　小さく笑って。　「はい、終わり。痛みはどう？」　ぴっと包帯の端を切って小さなテープで止め。

エリカ

「……ありがとうございます。痛みは、しますけど。平気です、これくらいなら」

ソルティア

「そっか。……少し元気になったみたいだね」　小さな微笑を浮かべたまま

エリカ

「はい。……私、皆と一緒に行くこと、決めました」

ソルティア

「……うん。ありがとう……やっぱり、エリカちゃんがいないと締まらないからね」　頷いて。　「何となく、昔の事を思い出すよ」

エリカ

「……」　そうかな、と思いつつ。とくに口には出さず。　「……昔ですか？」

ソルティア

「うん。エリカちゃんが、冒険者になった頃」

エリカ

「冒険者に、なった頃……」　　「……なんだか、もう随分昔のことみたいに思えます」

ソルティア

「あの頃から……いや、もっと前から、エリカちゃんは頑張ってきたから。エリカちゃんと親しくなったのは冒険者になった頃からだけど、話はずっとモニカちゃんから聞いてた」

エリカ

「モニカ……」　ぐ。と。気付かず、拳握り。

ソルティア

「……ちょっと羨ましいよ。エリカちゃんとモニカちゃん。いや、二人だけじゃなく、シャルロットさんとマグダレーナ様、アランさんとユリウス陛下……」

エリカ

「……羨ましい、ですか？」

ソルティア

「……自然なんだよね、皆。お互い血の繋がった家族の為に頑張ってる」

ソルティア

「エリカちゃんも。それを大変だとか、辛いとか、そう思う事はあっても、頑張る事自体を疑問に思った事は無いでしょう？」

ソルティア

「そりゃあ僕だって頑張ってる。アカシャの事を、本当の妹だと思って……でも、それって、逆に言えば、そう思わないと、僕らは家族じゃないんだ」

エリカ

「……」

ソルティア

「だから、少しだけ羨ましい。少しだけ、ね」　浮かべた笑顔は、苦笑だろうか、自嘲だろうか。

エリカ

「ほんとにそう思ってるなら……それは、ちょっと、間違いだと思います」

ソルティア

「ちょっと、間違い？」　伏せていた顔を上げて。

エリカ

「家族の為に頑張るのは、当たり前です。でも」

エリカ

「私だって、疑問に、疑いを持つことだって、ありました」

ソルティア

「…………」

エリカ

「私は、ずっとモニカの為に頑張ってきたつもりです。でも、辛い時、こう思うことだってありました。『なんで私が、あの子の為にここまでしなきゃいけないのか』って」

エリカ

「……血が繋がってる家族だからって、そんな風に思うこと、あるんです」

ソルティア

「……そっか」　そうなら、確かに自分が言った事は少し間違ってるだろう。だが。　「……それでも、やっぱり少し羨ましいな」

ソルティア

「そうやって思う事があっても、こうして戻ってくることが出来るんだから……」　もし自分と義妹がそう思ったとしたら、もう二度と縁が繋がることは無いのかもしれないから。

エリカ

「……私は」

エリカ

「ソルティアさんのこと、凄いと思いました」

エリカ

「私は、あの時」

エリカ

「ただ驚いて、呆けていただけで、何もできなかった」

エリカ

「なのに、ソルティアさんは、優しく、アカシャちゃんのこと、抱きしめてあげてた」

エリカ

「自分が刺されてるのに……あんなこと、血が繋がった家族だって、そうできることじゃないです」

ソルティア

「……一度手放したら、もう二度と手に入らないものだから、ね」　僅かに首を振り。

エリカ

「…………。ソルティアさん」

ソルティア

「……ん？」

エリカ

「ルナティアの前でも、同じ事言うんですか？」

ソルティア

「…………いや」　小さく、しかしはっきりと首を横に振り。

ソルティア

「……そうだね。変な事言った。ごめん、エリカちゃん」　頭を下げて。　「……何だかねぇ。励ましに来たつもりだったのに、結局励まされちゃったな」

エリカ

「もう、そんなこと言わないで下さい。ソルティアさんは……これから、一度離れた人を、取り返しに行くんですから」

エリカ

「……そんなに弱気だと、またシャルロットにいいとこ持っていかれますよ」

ソルティア

「今度はもう持ってかせないよ。多少強引だろうとね」　ひらっと手を振る。

エリカ

ん、と頷き。　「その意気です」

ソルティア

「ん」　笑って頷きを返して。　「……最近はこんな事ばかりだから、頼りなく思われてるかもしれないけど……」　照れたように頭を掻いて。

エリカ

「全くです」　ちょっとむすっとして。

ソルティア

「……僕も覚悟を決めたつもりだ。この世界を覆して、元の世界を取り戻す為に」

ソルティア

「その元の世界には、エリカちゃんがもう一度“家族”とちゃんと暮らせるように、ってのも含まれてる」

ソルティア

「頑張るよ。そうすれば、僕らにはそれが出来るはずだから」　「……本当は、こういう事を言いに来たんだけどね」　はは、と照れくさそうに笑う。

エリカ

「……他の人もそうですけど」　　「ソルティアさんも、まず、自分の家族のこと、考えて下さいよ」

エリカ

「……大丈夫です。私の家族は、私が取り戻しますから」

ソルティア

「勿論考えてるよ。ただ、僕の取り戻したいものは、僕の家族だけじゃないって事さ」

ソルティア

「僕らが普通に、家族らしく生きていく為にもね」

ソルティア

「……エリカちゃん達と一緒にいた頃は、これでも楽しかったんだよ？　ああいうのがさ、ずっと僕の求めてきたものなんだって、今になって思うよ」　アカシャやモニカと共に、神殿でたわいも無い話に興じたあの頃の事だ。

エリカ

「それは嬉しいですけど。……ソルティアさんも、番肝心なところ、見過ごしたりしそうで、不安になります」

ソルティア

「……はい。精一杯頑張らさせていただきます……」　何かギャグっぽくがっくりなった。

エリカ

「……」　ふう。　「私も、頑張りますから」

ソルティア

「うん、お互いにね」　気を取り直して顔を上げる。

エリカ

「はい」　こく。と頷き。

ソルティア

「ん。それじゃあ、そろそろ僕も部屋に戻るよ」　と立ち上がり。　「話付き合ってくれてありがとね」

エリカ

「あ、いえ。手当、ありがとうございました」

ソルティア

「ん、お大事に」　笑顔を向けて。　「じゃあ、また明日」　そう言って、部屋から出て行く。

エリカ

「はい。また、明日」

エリカ

出ていくソルティアの背中見送り。

ソルティア

「…………」　バタン、と扉を閉めた向こうで。　「……そう簡単には変わらない、か。ま、これからかな……」　自分の性格と二人の少しぎくしゃくした関係にそうひとりごちて、自室へと戻っていった。