幕間「五年前」
- ―――少女は、沢山の人集りを見ていた。
- 人集りの向こうの壇上には、金髪の美青年。
- 青年は何かを演説していた。
- 内容は、少女には少し難しいが、どうやら、この前の戦争で死んだ人々のことを称えているらしい。
- 演説は、群衆の心を打っている。感動して涙を流す者もいる。
- けれど、少女にはその光景が理解できなかった。
- その、戦争で死んだ人が、何か凄いことをしたからといってって、だからなんなのだろう、と。
- 死んでしまったのに。
- どんな凄いことをしたって、“えいゆうてき”なことだって、死んでしまったら、もう、二度と帰ってくることはないのに。
- ただ、ただ――家族みんなが、悲しむだけなのに、と。
- ……少なくとも、少女の家ではそうだった。
- 優しい父は、戦争に行って、二度と戻ることはなかった。――遺体も、遺品も。何も、帰らなかった。
- 母親は泣いていた。妹も泣いていた。―――そして、少女も泣いた。
- 父の死を伝えに来た人は、今、壇上に立ってる青年が、誰かを称えるのと同じようなことを言っていた気がする。
- けれど、そんなものは何の慰めにもならなかった。
- 帰ってきてさえくれればよかったのだ。ただそれだけ良かったのに。
- 「うそつき」
- 少女にとっては、壇上の青年は、詐欺師か何かのように見えていた。
- 戦争なんて悪いことしか無いのに、あいつは良いことだったみたいに言っている――ただの、嘘つきなのだと。
- 演説の間、少女はずっと青年を睨んでいた。
- 怒りを込めた瞳で――それこそ、親の仇のように。
幕間 了