虚ろの輪音

第二部 序話後 幕間Ⅰ

幕間

 
時間は巻き戻って、二国会談よりも前。シャルロットが公都にてルナティアと遭遇した日と同日。
 
ヤンファ・シャンリークは大量に押し付けられた事務処理などから一時的に解放され、公都を歩いていた。
 
隣には、ぶつぶつと文句を呟きながら不機嫌そうに歩くフェリシアの姿。珍しく、ヤンファもフェリシアも私服だ。
ヤンファ
「なんだァ、通信機おじゃんにしちまったことそんなに怒ってンのかァ?」 違うであろうと解りつつ
フェリシア
「……違うわよ。ヤンファ、自分がどれだけ仕事をまだ残してると思ってるの?」 ジト目を向けて。
ヤンファ
「だァーから期日までにはちゃんとノルマこなすって言ってんだろォ?」 頭の上で手を組みつつてくてく歩く
フェリシア
「その台詞を言って今までに何回実行したことがあるのよ」
ヤンファ
「えェー……」 指折り数える仕草。ちなみに期日明日です  「……っとォ、ストップ」 足を止める
フェリシア
「そうやっていつもいつも最後は私が……ん?」
ヤンファ
通りにいくつもある店の中で足を止めたのは、ヤンファがよく調子を見せにくる通信機ショップ
ヤンファ
「ココだ。俺がよく行く通信機の店」 親指でクイっと示して
フェリシア
「此処?」 利用した事のある店ではなかったようだ。 「……というか、こんな所にこんなお店が出来てたのね」
ヤンファ
「結構うっさんくせえジジイがやってるんだがなァ、品ぞろえは悪くないぜェ?」
ヤンファ
「ちと若モン向けだけどな。ま、入ろうぜ」
フェリシア
「……まるで私が若者じゃないみたいな言い方は止めてくれる?」
フェリシア
なんて引き続き文句を言いながらヤンファに続く。
ヤンファ
それには返事せずに先に店へと入るのであった
 
中には、通信機専門の店というだけあって、所狭しと棚やテーブルに通信機が並べられている。
 
若者向け、という言葉通りに、確かに店内の装飾などは比較的華やかだ。
 
ただ、カウンターの奥に佇む店主は、その雰囲気とはまったくマッチしていない。
 
古めかしい椅子に座り、皺の入った顔を気難しそうにしながら、片手で通信機を持ち、もう片手でレンズを持って様子を見ているらしい。
フェリシア
「……」 慣れない雰囲気に若干そわそわしつつ。
店主
「ン……」 店主は僅かに顔をあげて、ヤンファの顔を見てすぐに手元に視線を戻した。
ヤンファ
「よォ、じーさん。また新しい通信機仕入れたのかァ?」 様子を見てるソレに対して顎で指し
店主
「修理だ」 目は通信機に向けたまま、そっけなくそう答えて。
ヤンファ
「そうかィ」 特に気にすることもなく、カッカッカと笑う。いつものことだ
フェリシア
「……この内装って、あの人の趣味なの?」 ぼそ、とヤンファの耳元で。
ヤンファ
「ン、あァ。そうらしいぜ? そうは見えねえだろォ?」 くくっと笑う
フェリシア
「そ、そうなんだ……」 人は見かけによらないって、年齢を問わず通じるのね……なんて。
店主
「ン、ン゛ン」 そんな会話に大きく咳払いして。
ヤンファ
「っとォ、ドヤされる前に良さげなモン探すかァ」 と言って棚を端っこから見ていく
フェリシア
「……すみません」 小声で謝って。 「とりあえず……色々見せてもらおうかしら」 と、店に並べられた通信機を見て回ろう。
ヤンファ
「~~♪」 呑気に鼻歌歌いつつ眺めてる  「おォ、コイツはどうよ」
フェリシア
「どれ?」
ヤンファ
手に取ったのは派手なピンク、カバーのど真ん中にハートが描かれている
ヤンファ
周辺にはキラキラした小さい石が埋め込まれてる
ヤンファ
「どうよ?」
フェリシア
「これは無いでしょ……」
ヤンファ
「ハハハ、流石に合わねェよなァ」 こんなゴテゴテしたのは
フェリシア
「流石にこんなものを持ち歩くのは恥ずかしいわ」
フェリシア
「本当は軍にも順次新規格のものが支給されてるんだけど……今までみたいな厳格な縛りは無くなったのよね」
ヤンファ
「まァ、アレ以来あんまり信用性も無いだろうからなァ」
フェリシア
「とはいえ、通信速度や強度が落ちるのは致命的だし、その対策として外部パーツを取り付けるように義務化する……って話なんだけど」 今度はちゃんとランベルト教授とかを含めた信頼のおける専門家のチェック済みで、と。
ヤンファ
「また予算掛かりそうなモンつけるんだなァ。市街の修理費とかで結構切羽詰まってるんじゃァねえのかァ?」 タダじゃないだろうに
フェリシア
「……まぁ、ね。教授たちのご好意で、技術をほぼ無償で提供してくださるという話だけど、数を用意するとなるとどうしても」
フェリシア
「だからこそ、誰かさんにももっとしっかり働いて欲しいんだけど……」
ヤンファ
「お、おォー、中々良いモンが見つからねェなァ!」 と必死に話題を逸らす
フェリシア
「またそうやってすぐに誤魔化すんだから。……いつかそれで誤魔化しきれなくなっても知らないわよ?」
ヤンファ
「誤魔化し癖マシになった方だぜェ?」
フェリシア
「じゃあ今度は現実逃避ね」 あれだけ明日までの仕事が残ってて逃げて来るなんて。
ヤンファ
「ン、コレは渋いなァ」 ひょいとまた手に取り今度は白黒デザインで、二丁の拳銃がクロスして描かれたものだ。シンプルだがちょっと女性が持つとパンクっぽい
フェリシア
「嫌いじゃないけど、ちょっと可愛さが足りないというか……」 後半はぼそりと。
ヤンファ
「そうかァ、お前が使う得物にピッタリだと思ったんだがなァ……え、なんて?」 最後
フェリシア
「……何でもない。それ、嫌いじゃないしそれでもいいわよ」
ヤンファ
「……まァ、本気で言うとコレでも変わったと思うんだがな」 自分で言うンもなんだが
フェリシア
「まぁ確かに……今までだったら無理やり引っ張らないとデスクに向かう事すら無かったし、訓練にも自分から顔を出すようにはなったけど」
ヤンファ
「………」 ボリボリ、と頭を掻いて一瞬間を置き 「っと、それは後でいいかァ。コイツでいいならコレにしようぜ」 話を一旦切り、気を取り直す
フェリシア
「……何なのよその間は」
ヤンファ
「なんでもねえって」 もうちょっと落ち着いて話せる場がいいし 「じーさん、コイツいくらだァ?」
店主
「……ン、150」 横目でそちらを見ながら。
ヤンファ
「うっし、コレでいいな」 ちゃりん、と丁度分を払った
店主
「毎度」
フェリシア
「……そう。ええ、いいわよ。というか、別にそのくらいならやっぱり自分で払うのに」 
ヤンファ
「つってもまァ、壊ししまったの俺だからなァ。コレぐらいはさせてくれよ」 支払いが済んだその通信機をフェリシアに差し出し
ヤンファ
「な?」 ニシシ、と笑いつつ
フェリシア
「そもそもあんな状態にならなければ……まぁ、受け取っておくけど。……ありがとう」 うつむきがちに礼を述べて、通信機を受け取って。
店主
「…………」 店主はそんなやり取りにも我関せず、と言った様子だ。
ヤンファ
「相変わらず素直じゃねえなァ」 肩を竦め
フェリシア
「多分ヤンファが自分の欲求に素直過ぎるせいだと思うわ」
ヤンファ
「さて、歩き続けだし広場でちょいと休もうぜ?」
フェリシア
「……え? ええ、まぁ構わないけど」
ヤンファ
てなわけで店を出ていくのである
 
では、そんなこんなで近くの比較的人通りの少ない広場にまで。
 
木陰になっているベンチにでも腰を掛けた事にでもするか。
フェリシア
「ふぅ……」
フェリシア
「今はいいけど、帰った後の事を考えると気が重くなるわね……」 手元で受け取った通信機を眺めつつ
ヤンファ
「まァ、休日なんてそんなモンだろォ」 カッカと笑う。お前休日ばっかりじゃねえのかとか言われると一瞬思ったけど言わない
フェリシア
「普段なら別に思わないわよ。こんな状況だからどうしても、ね」
ヤンファ
「まァ、な」 ふぅ、と息をつく  「正直、事件の真相すら解ってねえしなァ」
ヤンファ
「そういう意味で落ち着けないってのもあるわ」
フェリシア
「そう、ね。結局……ギルモア伯が計画したなんてされているけど、説明のつかない事ばかりだし」
ヤンファ
「………」 周囲に話が聴ける人がいないことを確認し 「ギルモアの奴も、様子がおかしかったっつー報告は受けてたか?」 正式に話されてたかどうか
フェリシア
「ええ、聞いてる」 PCたちからの報告は大体主要人物陣には伝わってると思いねえ。
ヤンファ
「まるでアイツすら《呪音》の被害者だったみたいに思えたんだよなァ……お前はどう見る?」
フェリシア
「私は城内でのギルモア伯爵の様子を見た訳じゃないからはっきりとは分からない。……けれど、あなたたちはみんな口を揃えて彼の様子がおかしかった、と言うのよね」
フェリシア
「……それに、あの事件に至るまでの行動も不可解なものばかりだわ」
ヤンファ
「……っつーと?」
フェリシア
「……まず、そうね。《呪音事変》直前、確かに彼らは蛮族と通じていたのよね」 アランがその証拠を掴んでも来たし。
フェリシア
「けど、私にはそもそもそれが理解できない。開放派それもギルモア伯なんてその中心なのよ? 国内での立場を確かなものにしようとしたとしても、蛮族と手を組むなんて事は考え難いわ」
ヤンファ
「あァ、言ってたな。捕まえて吐かせたって」 アランが
フェリシア
「……その後に確実に蛮族たちを駆逐するような手段が確保できていたとしても、そんな手、普通は取らないと思う」
ヤンファ
「言われてみりゃァ、現段階の計画でそれをするメリットは見えてこねえなァ……」
ヤンファ
「むしろ周りにバレた時のデメリットが上回る」
フェリシア
「ええ、現にもう開放派はあってないようなものよ。……一緒に、軍そのものに対する信用も失われているけど」
ヤンファ
「……軍の信用落とすのも目的とか言わねえだろなァ。有り得ないって言いきれないから恐ろしいモンだわ」
フェリシア
「……そんな事をしても、ギルモア伯や開放派にとってはメリットにならないじゃない」
ヤンファ
「……だな」
フェリシア
「それに、公王陛下の暗殺という点についてもおかしいわ」
ヤンファ
「それは俺も思ったぜ。目的と手段の合理性が一致しねえ」
フェリシア
「……例えば、そうね。公王陛下を手中に収める目的なら、まだ理由付けは出来ないでもないんだけど」
フェリシア
「……殺害に成功していたとしても、何の利点があったのかは分からない。正直、公国を混乱させる為だけのものでしかないわ」
フェリシア
「開放派が王位継承権者を擁していた訳でもないしね」
ヤンファ
「あまりにも効率が悪すぎるんだよなァ」
ヤンファ
「あんだけ悪知恵が働きそうなら、もっと効率の良い方法が思いつく筈なんだよ」
フェリシア
「そうね。あの時でこそ、あんな事になってしまっていたけれど、ギルモア伯自身もとても有能な人物だったはずだわ」
フェリシア
「極端な話だけど、殺害だけなら……“彼女”に依頼した方が彼らにとっても安全で、効率的だったでしょうね」
ヤンファ
「……あァ」 “彼女”か  「全く持ってその通りだ」 残念ながらな
ヤンファ
「というより、ギルモアの野郎が黒幕だって言うなら根底からおかしい部分がある気がするんだよ」
フェリシア
「ええ、加担していたにせよ、彼が黒幕であるとは到底考えられないはずよ」
ヤンファ
「なんつーか上手く説明できねえが……ギルモアが活発に動けるようになる時間軸と、事の発端がそもそも噛み合ってないように感じる」
フェリシア
「……っていうと?」
ヤンファ
「いや、この計画が練られたそもそもが何時からだ?って話だ」
フェリシア
「計画が練られ始めた時期……ね」
フェリシア
「ギルモア伯が公王陛下に執着していたのなら、彼を歪めてしまったのは2年前《ネベール会戦》の後と見て間違いはないでしょう」
ヤンファ
「だが、《呪音事変》で使われた大仰な装置。あんなモン2年で辿り着くか?」
フェリシア
「……たった2年間で、ここまでの準備が出来るかは、確かに疑問ね」 呪素発生装置とかHRユニットとかの基礎を見つけて改変云々なんて。
ヤンファ
「そして軍に配布された通信機。アレが元々仕組まれてたモノならもっと前から計画を練ってる必要がある」
フェリシア
「そうね。通信機が普及し始めたのは、7,8年くらい前だったかしら……。軍にあの規格の通信機が支給されたのは、少なくともネベール会戦より前」
フェリシア
「……まぁ、その通信機に合わせて〈虚啓示録〉を開発したという可能性もあるけど、それだとやはり余計に時間が足りないでしょう」
ヤンファ
「比べてギルモアの野郎、そんな通信機とかの機械にそこまで御執着って仕草も噂も聴かなかったぜ?」 多分。少なくとも俺は
フェリシア
「ええ、大掛かりな魔動機の発掘に成功したのなら、否が応でも目立ってしまうし、彼にはそんな素振りもなかった」
ヤンファ
「だよな」 再確認できたことに頷き  「やっぱしそうなると、ギルモアが主犯って話は成り立たねえなァ」
フェリシア
「それなら誰がという話になるのだけど」
ヤンファ
「……国内事情を把握できる上で、ルキスラ帝国、魔動機の事情、蛮族の動きに精通する人間……」
ヤンファ
「……いんのかそんな奴」 わからんちん
フェリシア
「……それら全てを満たせるような人間はなかなか居ないと思うわよ?」
フェリシア
「……ただ、そうね。参考になるかは分からないけど」
フェリシア
「アランは、そういう時にはいつも“利益を受けたのは誰か”を考えるそうよ」
ヤンファ
「利益を受けたのは誰か、か」
ヤンファ
「この場合“公都が混乱に陥る”ことが利益、なのか?」
フェリシア
「……どうかしら。それがどう利益と言えるのか、というと疑問ね」
フェリシア
「例えば、の話だけど」
フェリシア
「“開放派の消滅”が利益だったのなら、保守派もそれを享受しているという事になるのよね」
フェリシア
「国内のいざこざが無くなって、ある種動きやすくなった点は確かに無いとは言えないもの」
ヤンファ
「………」 ふむ、と顎に手を当て  「でも、それでもおかしい部分はあるんじゃねェ?」
フェリシア
「ええ、だから例えばって言ったでしょう?」
ヤンファ
「っと、それもそうだな」
フェリシア
「そうやって、考えられる“利”とそれを享受する者を考えて、一番しっくり来るモノを探していくんですって」
ヤンファ
「へェ……アレでアイツも案外キレ者だよなァ」
フェリシア
「……まぁ、あれでも情報機関の人間だしね」
フェリシア
……あ」 と口を押さえた。
ヤンファ
「………」 あって顔した。これは  「……あちゃー、聞いちゃいけないこと聞いちゃったなァ」
フェリシア
「……いくら相手がヤンファとはいえあり得ないミスだわ……」
ヤンファ
「そんなこと軽々しく話したらマズいんじゃァねえの、フェリシアさんよ?」 ン?ン?って顔で
フェリシア
「……殴るわよ」
ヤンファ
「エリカちゃんに続いてそんな……」 この前正体の話したら殴られたばっかりやで俺
フェリシア
「その原因はあなたにあるのよ。……いや、今のは私が悪いけど」
ヤンファ
「まァ……そうなるぐらいお前さんも疲れてるんだろォよ」 ゴソゴソとポケットに手をつっこみつつ
フェリシア
「疲れが溜まってるのは事実だけど……ね。……まぁ、相手がヤンファでまだ良かった、のかしら」
ヤンファ
「良いのか悪いのか解んねえなァ」 苦笑して、ポケットから手を出す
ヤンファ
「そんなお前にコイツを授けよう」 手に握ったのはストラップである
フェリシア
「少なくとも、あなたの事は信……何?」 さっき通信機もらったばかりじゃない、って顔で。
ヤンファ
「世の中、疲れて働く人たちのためにもっと疲れた顔をする愛らしい動物…… そう、“ぐったリス”だァ!」
ヤンファ
ストラップにくっついてるのはだるんとした体勢で寝そべったポーズをしているリス
ヤンファ
「こういうの好きだろ?」
フェリシア
……こほん」 ちょっと顔が綻びそうになったのを我慢して抑えて咳払い。 「……まぁ、嫌いじゃないわ」
ヤンファ
「いやァ、働きづめで、前の事変でもサポートずっとやらせちまってたからなァ?」
ヤンファ
「さっきの通信機は壊した詫び。コイツは、今回の件の御礼だ。受け取ってくれよ」 フェリシアの手にポンと置いた
フェリシア
「それが私の職務なんだし、それにお礼を言われるような理由はないけど……」 さっきの素直じゃない、なんて言葉を思い出して。 「……分かった、ありがたく貰っておくわ。ありがとう」
ヤンファ
「おォよ」 その素直さにニッと笑った
フェリシア
「で・も」 いつもの強気な口調に戻って。 「これを受け取ったからといって、ヤンファの仕事を引き受けるとか甘やかしたりはしないから」
ヤンファ
「……おォよ」 笑顔がひきつった
ヤンファ
「っつーかそんなつもりであげたんじゃァねえっての!」
フェリシア
「……そ、それはわかってるわよ」 照れ隠しというか、なんというか。
ヤンファ
「ったくよォ」 最後はこれだからやれやれだぜ  「……ま、付き合わせて悪かったな」
フェリシア
「それはいいわ。私も息抜きは欲しかったし……プレゼントして貰っておいて、文句なんて言えないわよ」
ヤンファ
「そうかィ」 ならいいな、と添えて
ヤンファ
「……さァて、そんじゃァそろそろ日も落ちるし戻るとすっかねェ」
フェリシア
「ええ、そうね。戻りましょうか」
ヤンファ
ってな感じで帰るのであった

幕間 了