幕間
- ――乾いた手指が、私の頬を撫でる。
- 枯れ枝を思わせるその手――いや、手指と言わず、枯れ木のような印象を見る人に思わせるその人は、私の母だった。
- まだ四十にもならないというのに、白髪も多く混じり、顔色も薄白く、生気のない様子で、ベッドに横たわっている。
- 父が《蒼き北伐》で死んでからの二年間、母は馬車馬のように、脇目もふらず働き続けた。二人の娘を養う為に。
- 普通の稼ぎでは足りなかった。女手一つで、娘二人のぶんまで必要だから、というのも、当然ある。けれどそれ以上に、妹の身体のこともあった。
- 妹は、生まれつき身体に不具合を持っていた。見た目にはわからない、臓腑のものだ。
- その為に、薬が必要だった。治す為の薬などではない、ただいくらか症状を抑える程度の薬――それでも、まともな家庭にはひどく高価な代物。
- 母は、妹と、そして私を生かす為に、働いて、働いて、働いて、働いて働いて働いて――そして当然のように、限界を迎えた。
- 医者の見立てでは、もう長くは保たないだろうということだった。あるいは、今日明日にも、と。
- もし……妹のことを諦めれば、こんなふうには、ならなかっただろう。
- けれど、そうできなかった。母として。家族として。あるいは、人としてなのだろうか。
- 「エリカ」
- 母が私の名を呼ぶ。まるで老人のような、掠れた声だった。
- 私は、うん、と短く返事をして、次の言葉を待つ。
- 「――……モニカを……守って、ね」
- それは、
- 「おねえちゃん、なんだから」
- あまりに、ひどく――重いものを、託す言葉だった。
- わたしは、やはり、うん、と短く返事を返した。……その時の私は、その重みを、果たして理解していただろうか。
- 母は私の返事を聞いて、安堵したのだろうか。
- 僅かに微笑んだ後、目を閉じて――それきり、目を覚まさなかった。
- 母の末期の言葉は、私の中に、深く根ざすように刻まれた。
- 私が、妹を守らなくちゃいけない。
- 戦死した父のように。
- 過労死した母のように。
- 私は、姉だから。
- もう、たった一人しかいない、家族だから。
- たとえそれが、断崖へ向かう道のりだったとしても。
- 行く先に気づかないフリをして、進むしかなかった。
- 私に、他の選択肢などなかった。
幕間 了