虚ろの輪音

第二部 第一話後 幕間Ⅱ

幕間

シャルロット
ロース砦だったか。陥落させてから落ち着きを取り戻した夜の事。
シャルロット
戦後処理もひと段落し、ようやく静けさを取り戻した野営地を抜け出して、こっそりと空を見に出てきた。
シャルロット
その後姿を、打ち合わせを終えて還ってきたソルティアが見咎めたという下りだ

シャルロット
「んんー……」 適当に散策して見つけた、野営地のすぐそばにある1mぐらいの大きな岩に腰掛けて伸びをする。
シャルロット
「……ここでも、星が良く見えますね」 空に手をかざして、指の隙間から星空を眺めている
ソルティア
そこへ聞こえてくるのは、魔動機の駆動音の混じった鎧の足音だ。長く後方から音を聞いてきた身なら誰がやってきたかすぐに分かるだろう。
シャルロット
「……どうかされました? もうそろそろ、お仕事も終わってお休みの時間では」 背中を向けたまま、誰かわかってるような口ぶりで話しかける
ソルティア
「それはこちらの台詞ですよ。天幕を出て行く後姿があったので、どこへ行くのやらと思ったら……」 返ってきた声は、予想通りの涼やかな声だ。
シャルロット
「いえ……良い風も抜けていくことですし、少しロマンチックに生きてみようかと」 今までは聞けなかったような物言いは、きっとこの最近で覚えたものだ
ソルティア
「でしたら、ポエムの一つでも唄いますか?」 くすり、と小さく笑って、岩の隣に並ぶように立つ。
シャルロット
「吟遊詩人……とまでは、少し。精々年頃の女子に手ごろなところで我慢しましょう」
シャルロット
「ソルティアさんは、戦場に来ても大した苦労はされていないみたいで、流石ですよね」 ぱたぱたと足を動かしながら、いつもと変わらない横顔に目をやる
ソルティア
「そうですか? 僕も、こういう大規模な戦場は初めてなんですが」 その横顔は、冒険者の宿で暢気にコーヒーを啜っている時と対して変わらないように見える。
シャルロット
「そうですとも。元より、戦場よりも過酷な冒険家業をやってたらそうなのかもしれないんですが」
ソルティア
「やっている事は、冒険者に依頼されるものと余り変わりませんでしたしね。こっちの方では、冒険者への依頼も戦に関するものが多いそうですよ?」
シャルロット
「蛮族討伐、ですもんね。大規模戦になると私たちみたいなゲリラ部隊になるのもやむなし、なのでしょう」
ソルティア
「整然と部隊行動、と言うわけにはいかないでしょう。長く訓練を受けてきた僕やヤンファさんならともかく、シャルロットさんやエリカちゃんには難しい話です」
シャルロット
「……んー……」 難しい、というところには少し苦笑いを浮かべて 
シャルロット
「どうなんですかね。こちらにきて、実際のところそこまで苦労していないのが実体ですよ」 けろり、とした顔で
シャルロット
「どちらかというと、終わりの見えない資料の山のほうが余程難敵でしたね」 燃えればいい
ソルティア
「はは、それはシャルロットさんの才能なんでしょう。何をするにも習得が早いですからね」
ソルティア
「よほど書類の類が苦手なんですねぇ……」 はは、と苦笑して。
シャルロット
「……ま、その辺は苦労していないだけ良し、としましょう」 自分の習得能力には、あんまり好意的にもなれない
シャルロット
「そういえば話は変わるのですが」 不意に、ソルティアに関係する前の出来事を思い出す
ソルティア
「どんなものでも才能は才能ですから、有効活用するのは……はい?」 突然変わった話題に首を傾げて。
シャルロット
「ソルティアさんにとっての……以前の、家というのはどちらに?」 回りくどい話も考えたが、面倒になってやめてしまった
ソルティア
「以前ですか? 公国に住む前は、各地を放浪していたので、家と言うのは……」 宙を見上げて考え込むように答える。
シャルロット
「ルナティアさんルナが言っていました。元々家があった場所の近くに行ったら、寄っておけと」
ソルティア
「……… ルナが?」 ピタッ、と動きを止めて。
シャルロット
「そちらに、ご両親のお墓があるそうです」 墓が、というのはわからないかもといっていたが
ソルティア
「え……」
シャルロット
「……わざわざ伝えてまで言ったお話です。何か、意味があるのかもしれません」
ソルティア
「……僕の、両親……いや、二人の両親、ですか?」
シャルロット
「そうです。それぞれの両親が眠っていると、ルナは言っていました」
ソルティア
「……そう……ですか……」 戸惑うように視線を彷徨わせる。
シャルロット
「……詳しくは、こちらからは聞きません。ですが、もし向かうのであればお供することも考えています」
ソルティア
「……そう、ですね。ここから、霧の街へ向かうよりは、近い場所にあります……が……」 普段の飄々とした態度を保とうとしているが、近しい人なら一目で分かる位には動揺しているようだ。
シャルロット
「……私では、アテにもなりませんか?」 ずい、と顔を寄せて、瞳を向ける
ソルティア
「へ? い、いや、そうではなく……」 気圧されたように顔を後ろにのけぞらせて。
シャルロット
「だったら、行けばいいんです。ルナの残した言葉から目を背けるのは、きっと彼女から遠のく道ではないかと思います」 がし、と手を掴んで
シャルロット
「意味のない言葉なんて、彼女は一つたりとも残してないんですから」
ソルティア
「で、ですが、まだ軍の侵攻もありますし……そちらの都合に関わる可能性も……」
シャルロット
「私の都合でしたら気にしないで下さい。軍の進行ぐらい、お姉様に相談すればちょちょいのちょいです」
ソルティア
「い、いやいやいや。僕らは軍属なんですから、一兵卒の都合でそんな事は……」
シャルロット
「一兵卒なんてこと、言わないでくださいよ。大切な仲間のことです」
シャルロット
「もう一度言いましょうか。私をアテにしてくれて、いいんですからね? 何のために軍属に戻ったか、目的を見間違ってはいけません」
ソルティア
「う……」 少し左右へ目を振って、その後で困ったように笑う。 「……では、打診だけはしてみましょうか。僕の……生まれた村が、侵攻ルートの近くにあるかもしれませんし」
シャルロット
「じゃあ、地理のほうヤンファさんに伝えて置いてください。私から起案しておきますので」 お姉さまに
ソルティア
「わ、分かりました」 参った、とばかりに両手をあげて。 「……すみません。ご心配をおかけしたようで」
シャルロット
「このぐらいで迷惑だと言っていたらいけないですよ。……もう、ソルティアさんはもっと好きに生きるべきだと思います」
ソルティア
「……今でも、十分好きに生きさせてもらっていますよ」 困ったような……だが、少し悲しげにも見える小さな笑みを浮かべて。
シャルロット
「だったら、しっかり笑えなければ嘘です」 むすー
ソルティア
「嘘は言っていませんよ。昔に比べれば……今は天国のようなものです」 僅かに顔を伏せて。
シャルロット
「……本当にルナを連れ戻せるんですかねえ」 やや不安の残る顔でひとりごちる
ソルティア
「はは、諦めるつもりはありませんよ。彼女が逃げるなら、追い続けるだけですしね」
シャルロット
「それならいいんですが……ともあれ、近くまで言ったときは向かいましょう」
ソルティア
「はい……ありがとうございます、シャルロットさん」
シャルロット
「それじゃあ、また。頑張ってくださいね」 少しもどかしそうな雰囲気で
ソルティア
「………」 もどかしげな様子に、少し寂しげな笑みを浮かべて。 「えぇ、また。寄り道はしないで、真っ直ぐ天幕へ戻るんですよ」
シャルロット
「あまりふらつくとヤンファさんに怒られますしね。……おやすみなさい」
シャルロット
小さく頭を下げて、そっと天幕へもどっていこう
ソルティア
「はい、おやすみなさい」 その寂しげな様子はすぐに消えて、いつもの笑顔へと戻る。
シャルロット
さくさくと砂の音を立てて離れていく
ソルティア
「………」 離れていく様子を見送り。
ソルティア
(……僕は、あの信頼に答えられるような人間(ナイトメア)なんだろうか) そう心の中で思い、空に浮かぶ月を見上げた。
ソルティア
「……ルナ……僕は嘘つきかい?」 誰も聞くものがいないのを承知で、月へと問いかけた。

幕間 了