虚ろの輪音

第二部 第一話後 幕間Ⅰ

幕間

 
先の戦いにおける《アストラム》の初陣では大きな成果を見せた。
 
彼らを先陣として、連合軍は着実に霧の街へと進撃していった。
 
そんな中、初陣から数日立った後。作戦途中の休息で《アストラム》もキャンプに入っていた
 
時刻は夜。見張りを除いた殆どの者が寝静まっていた頃だ。
ヤンファ
「………」 テントの外に出、その辺の木に寄り掛かって何かを眺めている
ヤンファ
木の枝にかけたランタンで、手に持っている紙を見ているようだ
ヤンファ
「……静かだなァ」 昼間はあれだけ剣戟がぶつかり合う音を聞いているというのに。今は誰もが意識を闇に沈めてて不気味なぐらい静かだ
ヤンファ
(シャル、エリカちゃんは戦場に慣れてねえからなァ……ちゃんと休めてりゃァ良いんだが)
 
そんな静かな空気の中、小さく足音が聞こえてくる。
ヤンファ
」 剣の柄頭に手を置く。足音からして……斥候技術は素人。おそらく女
エリカ
「……あ。なんだ、ヤンファさんか」 と、明かりの内に入ってきたのはエリカだ。
ヤンファ
「……エリカちゃんか」 警戒を解き  「戦場に入ってからは警戒色が強くなったんでなァ。すぐ敵かと思っちまうわ」 苦笑して
エリカ
「こんなところに誰かいるから、何かと思いましたよ。見張りの人以外はもうみんな寝てるのに」
ヤンファ
「ン……まァ、ちっと明日のコトをな」 ぴらっと持ってる紙を見せる。明日通るであろうルートが描かれた地図
ヤンファ
「テントの近くで灯りつけてたら他の奴も起きちまう」
エリカ
「……明日のルート?」  「……ああ、それでこんなところに」
ヤンファ
「一応先導役も兼ねてるしなァ。万一通る予定のルートに不備があったら、臨機的に別のルートも考えなきゃァならねえし」
ヤンファ
「後はまァ、進軍がスムーズにいくように通りやすい場所も考えとくってトコか」 全てが俺の役目じゃないが、斥候だからな、と。眼の下にはうっすら隈がある
エリカ
「まあそういうのも大事だと思いますけど、ちゃんと休まなくていいんですか?」
エリカ
「……っていうか休んだ方がいいと思いますけど」 隈に気づいて言い直す。
ヤンファ
「最低限の休みは取ってるって。一応軍人だから休養の大事さは心得てるぜ?」
エリカ
「隈を作ってる人が言っても説得力ありませんよ」 ジト目。
ヤンファ
「……む」 引き下がらないなァ 「まァ、エリカちゃんがそんな凄ぇ俺のことを心配してくれるのは嬉しいがなァ」
エリカ
「……」 ム。 「別にそんな凄い心配してるわけじゃないです。焼きますよ」
ヤンファ
「オイオイ、こんな場所で焼かれたら溜まったもんじゃァないって……」 敵襲だぞ
エリカ
「わかってますよ、流石に本気でやりません」
エリカ
「ていうかですね、この前の戦いだって無理して大技ばっかり使った挙句に倒れるし……」
ヤンファ
「……ぐ…」
エリカ
「ヤンファさんがやられたら私とか、他の人が困るから言ってるんですよ」
ヤンファ
「そうかァ、まァそうなんだけどなァ」 迷惑は掛かる  「そこまで心配されてなかったってのはちとショックだなァ」
エリカ
「勝手にショック受けててください」 にべもなく。 「まあ、解ってるならもう少し無理は控えてください」
ヤンファ
「へいへい善処しますよって……」 肩を竦め  「……っつーか、エリカちゃんこそどうしたんだァ、こんな時間に」
エリカ
「ほんとに解ってるんですか……」 はあ、とため息ついて。 「え、私?」
ヤンファ
「お前だよ」 お前しかいないだろエリカは  「眠れなかったのか?」
エリカ
「……まあ、ちょっと」 微妙に言葉濁し。
ヤンファ
「……まァ戦場にいるってのは身体の反応も日常と異なってくる。落ち着けないのもあるしなァ」
ヤンファ
「立ってるのもなんだ、座れよ」 木の横を指して。自分もそこに座り込む
エリカ
「……まあ、そうですね」
ヤンファ
木に背中を預けて、立膝ついたままタバコを取り出す
エリカ
「……もう戻ろうかと思ったんですけど」 と言いつつ座り。
ヤンファ
「どうせその調子じゃ戻っても眠れねえんだろォ」 煙草を咥え、火をつけた
エリカ
「……はあ」  「ヤンファさんは無理矢理にでも寝たほうがいい気がしますけどね」
ヤンファ
「ま、大体ルートの地形も頭に突っ込んだし一服したらそうさせてもらうがなァ」
ヤンファ
「……にしても、まさかエリカちゃんが戦場の大地を踏みしめることになるとはな」
エリカ
「……私も正直、こんなところに来るとは思ってもみませんでしたけど」
ヤンファ
「前に言ってたよなァ、父親のコト。忘れ去ってたって話だが……」
ヤンファ
「こうなっちゃ、父親のコトも色々考えるんじゃァねえの?」
エリカ
「……やめてくださいよ。あんまり意識したくないのに」
ヤンファ
「……ソイツは失敬」 ふーっと白い息を吐いて、真面目に謝る
ヤンファ
「割と俺は心配してるんだぜ。エリカちゃんぐらいの年頃じゃァ普通こんなトコに来ねえ」
エリカ
「……。正直、気は滅入りますけど」
エリカ
「……まあ、あんまり愚痴っても仕方ないですし」
ヤンファ
「まァたそれかよ」 相変わらずだな
ヤンファ
「軍に入ってからは前よりしんどいことも増えただろうし、お前こそ無理すんなよォ?」
エリカ
「……口にしたらそっちに引き摺られそうで嫌なんですよ」
ヤンファ
「ふゥん?」 デリケートっていうかなんていうか
エリカ
「まあ、大丈夫ですよ。ヤンファさんみたいに倒れたりはしません」
ヤンファ
「うっせ!」 余計なお世話だい
ヤンファ
「大体お前の位置的にそんな倒れる場所じゃァねえだろ」 こっち紙フェンサーなんだぞ
エリカ
「そりゃそうですけど、負担がかかるとか言っておいて連発してるヤンファさんは馬鹿だと思います」
エリカ
「ただでさえシャルロットなんて考えなしに無茶苦茶してるのに……」 まあ、あの子はそれでなんとかしてしまうあたり、それはそれで気に入らないけど。
ヤンファ
「シャルと一緒にすんな」 そこはきっぱりと
ヤンファ
「仕方ねえだろォ、あん時はあれぐらいしねえと手が回らなかったんだからよォ」
エリカ
「……まあ、あの時も言いましたけど。あんまり無理されるとこっちの魔法で癒しきれなくなりますから」
ヤンファ
「………ふ」 しかし素直じゃない、とも言うのか。そう思うと少し笑ってしまう
エリカ
「……何笑ってるんですか」 じと。
ヤンファ
「いやァ?」 しれっとした表情で煙草を指に挟み  「こういうのも悪くはないかな、となァ」 なんだかんだで心配してもらってるのだし
エリカ
「フォローする身にもなってくださいよ……全く」
ヤンファ
「その点については毎回ありがたく思ってるんだぜェ?」
エリカ
「だからって頼りすぎないで欲しいんですけど……限度があるんですから」
ヤンファ
「あァもう解ったって……」 耳にタコが出来そうだ
ヤンファ
「ま、それならいっそシャルとソルティアみたいにお互いカバーできる技術とかあれば良いんだがなァ」
エリカ
「……はあ」 ほんとにわかってるのか。 「こっちだってもっと色々フォローできるならしたいですけど……」
ヤンファ
「前衛後衛っつーと中々なァ」
ヤンファ
「こう、剣に炎を宿らせてズバーっとできねえの?」
エリカ
「そう簡単に言いますけど……」
エリカ
「ヤンファさんが、ソルティアさんとかシャルロットみたいに魔力の扱いに長けてるなら考えようはあるかもしれないですけど……」
ヤンファ
「悪ィが魔術はサッパリでなァ……」 煙草の煙が上に上がっていくのを遠い眼で
ヤンファ
「ンー、風の妖精とかなら実用的か?」
エリカ
「そうなると……」 うーん、と。 「……風、ですか」
ヤンファ
「物理的に強化しやすいとは思ったが……厳しいか」
エリカ
「……そうですね。風とか、光の妖精あたりに、少しのフォローをお願いするっていうのはアリかもしれません」
ヤンファ
「こう、刃を風に乗せるって感じはどうよ」
ヤンファ
「風ってのは避けれねえ。その流れに合わせて俺が居合いで抜く……って感じにな。まァあくまで理屈だが」
エリカ
「……風の……に限らず、妖精っていうのは気まぐれなところがありますからね」
エリカ
「そういう子たちに合わせるっていうのは……まあ、ヤンファさん次第でどうか、って感じになりそうですけど」
ヤンファ
「結局丸投げかよ」 難儀な  「……まァでもやってみる価値はあるか?」
エリカ
「妖精魔法っていうのは、ようするに妖精たちとどうやって付き合っていくかっていう技術ですから」
エリカ
「……まあ、ヤンファさんだと意外と相性いいかもしれません」 なんか。普段の態度とか見てると。
ヤンファ
「どういうこっちゃオイ」
エリカ
妖精(あのこ)たちって、結構てきとうですから」
ヤンファ
「おかしい、俺が適当だと言ってるように聞こえるなァ……」
エリカ
「ように聞こえるもなにもその通りですけど」
ヤンファ
「酷ェ……」   「っと」 煙草の灰が落ちた。何本目か解らんけど
ヤンファ
「一服もこの辺にしとくかねェ」
エリカ
「……と。そうですね。そろそろ、戻らないと」
ヤンファ
「こんな場所で良い夢を、とは流石に言えないが。よく眠れるといいな」 立ち上がり、土をぱんぱんと払う
エリカ
「……ヤンファさんこそ」 此方も立ち上がり
ヤンファ
「さんきゅ」 ふ、と笑い
エリカ
「まあ、さっきの話の続きはまた今度に」  「それじゃ」
ヤンファ
「あァ、テントまで送ってくぜ」 くいっと親指で指し
エリカ
「……」 別にお礼言われるようなことは言ってないんだけどな。
エリカ
「いえ、一人で戻れますから」
ヤンファ
「ったく、ここは市街じゃァねえんだぞ」
エリカ
「むしろ下手な町中より安全だと思いますけど……」 周り軍人ばっかですよ。
ヤンファ
「ま、いいか。俺も眠いし戻るとすっかね」 あんまりしつこいと起こられるわ
エリカ
「はい、おやすみなさい」
ヤンファ
「ン、お休みだ」 ひらっと手を振ってエリカとは別の方向へ歩いていった

幕間 了