虚ろの輪音

第一部 最終話後 幕間Ⅱ

幕間

 
後に《呪音事変》と呼称される、公都での《呪音》を用いた開放派のクーデター事件より5日。
 
シャルロット・イエイツはルキスラ帝国に居た。
 
目的は事件の際に死亡したバッカス・ブルフォード大使の墓参り。事件の後、忙殺されていた君は彼の葬儀に出席する事が叶わなかった。
 
公都から帝都までは徒歩で7日、忙しい身の君には馬車を用いても辛い距離であったが、ロートシルト教授などの協力により、特別に小型飛空船の利用が認められ、君はその飛空船で帝都へとやってきていた。
 
初めての飛空船と帝都の観光、本来の君なら、それに胸を躍らせていたかも知れないが、今はそのような状況にはない事だろう。
 
その日の帝都は、心の内を表したかのような曇天。小糠雨や小雨が不規則に降り続く生憎の天気となっていた。
 
場所は、小高い丘の上に作られた、帝都の共同墓地。
 
晴天時ならば丘の下を見下ろしながら、気持よく風を受ける事が出来るであろうこの場所を、今君は駐在武官であるバルトロメウス・アイゼナッハと歩いていた。
シャルロット
「……」 それが自然であるかのように、黒で塗りつぶされた喪服のようなドレスを着、傘をささずに黙々と歩く
#バルトロメウス
……」 隣を歩くバルトロメウスも、ほぼ無言だ。
#バルトロメウス
公都にて、君から要請を受けて此処まで案内するまでの間、必要以上の言葉を交わした事はないだろう。
シャルロット
「……」 手には慎ましい花……何がいいかわからなかったので、全て花屋の見立てのものだ
#バルトロメウス
「あちらです」 正式に君の身分が明かされたからか、彼の言葉も丁寧なものとなっている。
#バルトロメウス
彼が示した先には、他の墓碑よりも一回り大きなそれ。
シャルロット
「……はい」 硬質な響きを秘めた返答で、足をそちらへ向ける
 
墓石には、君が看取った男の名が刻まれている。
シャルロット
」 その墓の前までくると、そっとしゃがみこんで、他にも添えられている花に自分のものを加える
#バルトロメウス
「…………」 彼は、既に済ませているのだろうが、目を伏せ、静かに黙祷する。
 
墓前に添えられた花の数が、彼の地位と人柄の良さを想い起こさせる。
 
だが、贈られた花に対する答えはなく、周りにはただ雨の静かに降る音が響く。
シャルロット
……」 同じく、黙祷してただ刻の流れるままに祈る
 
次第に、雨は強さを増していく。
 
言葉のない空間を、雨が地面を打つ音が支配していくと、バルトロメウスも、その様子を気にし始めたようだ。
シャルロット
「……バルトロメウスさん」 黙祷を終えたのか、しゃがみこんだまま声をかける
#バルトロメウス
「……何でしょうか」
シャルロット
「あの城で……私は。傷だらけのバッカス小父様に、救いの手を差し出すどころか……追い討ちすら、してしまいました」 雨にぬれて張り付いた髪。その奥の瞳は隠れて見えない
#バルトロメウス
「…………私の耳にした限りでは、その非はシャルロット殿下には無いと聞き及んでおります」 一部の人間にのみ知らされている、あの場で起こった出来事。バルトロメウスもその一人だ。
シャルロット
「……そう、ですね。皆、そう言って慰めてくれます。でも、そんな言葉で、バッカス小父様は帰ってきてはくれない」 雨は涙のように伝って、顎から落ちる
#バルトロメウス
「……ええ、死者は、帰って来ません」 君の言葉を否定するでも、それ以上慰めるでもなく、ただ事実を口にする。
シャルロット
「私は……」 色んな想いが渦巻いて、言葉に出来ない。
#バルトロメウス
「…………」 彼にも、上手い言葉など思いつきはしないのだろう。ある意味で、シャルロットに必要以上に責任を課した加害者でもあるのだから。
シャルロット
「……その。バッカス小父様の最期に、言葉を頂きました」
#バルトロメウス
「……はい」 静かに頷き、続きを待つ。
シャルロット
「これから辛い事があるかもしれないが、君たちらしさを失わずにと。自分の娘でもない者には、勿体無過ぎるご助言でした」 す、と音を立てずに立ち上がる
#バルトロメウス
「閣下は、そういう御方です」 どのような時であれ、本心からの“お人好し”である、と。過去形ではなく、現在形でそう言う。
シャルロット
「だから、もう、ただ泣いて悲しむ時間はここで終わりにしようと思います」 空を見上げ、確かな声で宣言する。
#バルトロメウス
「もう、よろしいのですか」 目の前の少女が、その言葉を無碍にするとは思っていない。だが、先程まで涙を零していた少女がそう宣言する事を、強がりではないとは思えずに。
シャルロット
「いえ、もう泣かないなんていいませんよ? 哀しいとき、人は泣くものですし」 首をふって、子犬のように髪に張り付いた水を落とす
#バルトロメウス
「……では?」
シャルロット
「でも笑っていない私は、きっと“私”じゃないと思いますから。泣くだけ泣いたら、気持ちを新たに笑えばいい。そういう風に生きていこうかな、と」
#バルトロメウス
「そうですね。シャルロット殿下には、笑顔がよくお似合いです。閣下も、同じように思われることでしょう」
シャルロット
「気持ちを押し殺しては私じゃない。もう、好き放題泣いて笑って暴れてやるんです」 ぐっと両手の拳を握り締める
#バルトロメウス
「それが、殿下らしさである、と」
シャルロット
「だから、見ていてください。バルトロメウスさんも、バッカス小父様も。私は、負けたりなんか、しませんから!」 髪の水を払ってあらわになった表情は、しっかりとした笑みに変わっていた。
 
それに合わせるかのように、空から、ほんの少し陽の光が漏れる。
#バルトロメウス
「ええ、拝見させていただきます」 その顔を見、口元に笑みを浮かべながら頷く。
シャルロット
「正直書類仕事は、もう辟易ですけどね」 なんて、冗談をこめた言葉でしめて、バルトロメウスと向き合った。
#バルトロメウス
「私も、慣れぬ頃は四苦八苦したものです。……閣下が大量に引き受けては、こちらにも助力を要求していらっしゃるので、自然と身につきましたが」
シャルロット
「私も優秀な助手が欲しいものです。ヤンファさんは引きつった笑顔で応えてくれる始末ですから」 くすくすと笑って
#バルトロメウス
「……彼も、そのような事は苦手でしょうからね」
シャルロット
「バルトロメウスさんがフリーなら引き抜き交渉ものなのですが。……などと言うと困られますかね?」 もどりましょうか、なんて促しつつ
#バルトロメウス
「非常に魅力的な提案ですが、次の大使が正式に決定するまでの間、その業務を暫定的に任されておりますので、今すぐに、とは」 苦笑しつつ、冗談なのか本気なのか分からない様子で答える。 「ええ、参りましょう。雨は引いたとはいえ、濡れたままではお身体に障ります」
シャルロット
「私も職務を要求され始めましたから、真剣に検討したいところです……」 こちらは、半ば本気だ。優秀そうなフェリシアも頼めないぐらい忙しそうだし
#バルトロメウス
「そこまで私を買っていただけているのは驚きですが、そう思っていただけているのであれば、私個人としては断る理由はありません」 公的な壁を取り除く事が出来るのならば、彼自身にはその意思がある、と。
シャルロット
「世間を知らないだけかも知りませんが、他に優秀な方も存じなければ、即戦力が欲しいトコですからね……」
#バルトロメウス
「とはいえ、帝国も帝国で今回の事件で揺れている部分もありますから、私の一存ではとても結論を出す事は出来ません」 そうでなくても、色々と障害がある提案だ。
シャルロット
「ま、良いでしょう。行きましょうか……着替えたほうがいいかな?」 ぐっしょぐしょにぬれてるのに今更気付いて苦笑い
#バルトロメウス
「……そうですね。発着場へ向かう前に、一度お着替えになった方がよろしいでしょう」
シャルロット
「では、行きましょう。お互い大変な未来でも憂いながら」 これから待ってるであろう書類仕事に辟易しながら、墓地を後にした

 
その後、シャルロットは飛空船にてダーレスブルグ公都へと戻り、再び積み重なった職務と格闘する。
 
次にちょっとした休暇を得たのは、事件から10日程が経った日だった。
 
シャルロット自身に相応の実力が備わった事、既にその身分が公になりつつあること、ヤンファ自身も忙しい事などから、望んだ時には一人での外出が問題なく認められるようになった。
 
後ろめたいものがない外出に君の心は自然と躍り、君がその日足を運んだのは、公都でも最も賑やかな区画のひとつ商業区だった。
 
目抜き通りには多くの商店が立ち並び、また多くの露店が出店され、何処を見ても人の姿や声は耐えることはない。
シャルロット
「いくら私でもあの紙束を前に笑えるほど、豪胆な性格ではありません」 ほっぷすてっぷ。久しぶりに自由な時間だ
 
一応、裏通りなどには近付かぬように言い含められているため、基本的には人通りの多い場所を通る事にしている。
 
「よってらっしゃいみてらっしゃい、アルフォート王国から輸入した本場の宝石だよ!」 「産地直送、ルキスラ帝国から今朝入ったばかりの」 などと、君に対してか、それともその他の大勢に対してかの声が休む事なく飛び交う。
シャルロット
「……やっぱり街はこうでなければ」 事件のあと暫くは、静かな町並みだったのだ。自然と顔がほころぶ
 
久しぶりの開放感のある時間に、君はご機嫌となり、様々な商品に目移りしてしまう。
 
この場所だけ見れば、事件など無かったようにも錯覚してしまう程、活気に満ち溢れている。
 
君たちが起こした行動は、決して無駄ではなかったのだと実感出来る。
 
そうして、大通りのひとつを歩いている時、ふと、君はありえないものを見た気がする。
 
脳裏に走る、強烈な違和感。今すれ違ったのは、一体誰であったろうか
シャルロット
「……ハイ?」 えっ
シャルロット
「……えっ?」 大事なことだから声に出ました
 
すみれ色の髪を靡かせて、白いワンピースドレスを来た小柄な少女に、君は確かに見覚えがあった。
 
こんな場所に居るのだから、武器こそ持っていないものの、君からすれば、とんでもない出来事だ。
シャルロット
「……あの、そこのお方」 てくてくと歩み寄って、思わず声をかけた
#少女
「ん?」 青果店で、果物を物色していた少女が振り向く。最後に出会った時には肩口程までだった髪が肩甲骨の辺りまで伸びているが、振り向いた少女の顔は、間違いなく、君が先日剣を交えた相手に違いなかった。
シャルロット
「……は、ハロー?」 ポニーテイルに髪型は変わっているけれど、判らない彼女でもあるまい
#ルナティア
「こんにちは」 動揺する君とは裏腹に、ごく自然に挨拶を返した。
シャルロット
「そりゃあ、街にだって普通に居ますよねもう暫く会えないものかとおもっていました」 ぺこ、と小さくお辞儀
#ルナティア
「公国からは離れるという条件は、満たされなかったし」 シャルロットには、まったく分からない事を言う。 「そうね。私も驚いたわ」
シャルロット
「……? 良く判りませんが、ルナティアさんは今日何をされにこちらへ?」 
#ルナティア
「気にしなくていいわ。もう過ぎた事だし」 軽く首を横に振り、どうでもいいといった顔をする。 「見て分からない? 買い物よ」 眼の前の露店に並んだ果物を指差した。
シャルロット
「……買い物。あれ、こちらにご在宅で?」 保存食とか、冒険道具はこっちじゃないよ?っていう顔で
#ルナティア
「……定まった住居なんて持ってると思う? 別に、宿を転々としていても、保存食以外食べてはいけない、という決まりもないでしょう」 尤も、彼女が普通の宿に泊まる事など稀であるのは間違いないだろうが。
シャルロット
「思うかと聞かれると返答に困りますが……後者についてはその通りだと思います。それでは行きましょうか」
#ルナティア
「……え?」 今度は、こちらが疑問符を浮かべる番だ。
シャルロット
「どうしたんですか? 買い物ですよね。私も最近、良い店を教えてもらったのです」
#ルナティア
「そうじゃない。……どうして、『一緒に行こう』なんて結論になるの」
シャルロット
「……? 別に、一緒に買い物に行ってはいけないなんて決まりもないでしょう?」 何かおかしいですか、とばかりに
#ルナティア
「そうだけど」 色々と反論やら、詳しい理由を尋ねようと思ったけれど、周りには人が多い。 「……分かった、行くわ」 これ以上此処で目立ちたくはないのか、渋々といった顔で承諾した。
シャルロット
「ではでは。欲しい物は……?」 ということで、さんざ買い物に付き合ってどこかのカフェにでも転がり込もうと思うのだ。

#ルナティア
「…………」 比較的静かなカフェの隅の方の席で、静かにアイスコーヒーを啜っている。不機嫌そうな顔で。
#ルナティア
両者の脇には、結構な数の紙袋がある。シャルロットは勿論、ルナティアの方も断りきれず、シャルロットに押し負けて色々と購入したのだ。
シャルロット
「はふぅ。色々買いましたね……結構、掘り出し物もありましたし」 こっちは上機嫌でほくほく顔だ
#ルナティア
「……返品、出来ないかしら」 袋からよく分からない魔動機械のようなものを取り出して、そう呟く。
シャルロット
「えっ? いいものじゃないですか」
シャルロット
「今は判らなくても、使ってみるといいものですし。ねっ!」 にこにこ。
#ルナティア
「……そもそも、使わないし」 言いつつ、袋に戻してコーヒーを啜る。
シャルロット
「判らなければ使い方の一つや二つ……ルナティアさんは魔動機術にも詳しいですけど、こういう生活用品には鳴れぬようですからね」
#ルナティア
「……魔動機なら、使い方は大体分かるわ。でも、荷物になるだけだし」 何処かへ行くのに、ずっと宿に置いておく訳にもいかないし。
シャルロット
「だったら、私が預かっておきましょうか?」 いずれ、置いておける場所が出来るまで。
#ルナティア
「……むしろ、あげるわ」 ば、と食料品以外の紙袋をまとめて押し付けた。
シャルロット
「だめです。預かるのであればいいですが、貰うことは断固拒否です」 ダメ、ゼッタイ。腕を十字にして断る
#ルナティア
「どうして」
シャルロット
「どうしてもです。……なんでもかんでも、切り離せばいいものではありませんよ。人生余分なものが多いほうがいいです」
#ルナティア
「……年下のあなたに、語られたくはないわ、そういうこと」
シャルロット
「でしたら、私に語ってくださいよ。いっぱい、お話きかせてください」 にこにこと笑いながら言う
#ルナティア
「別に、語る事があるから言った訳じゃないし……」 買い物に誘った時から、終始困った顔か不機嫌そうな顔をするばかりだ。今まで見てきた彼女とは、大きく違う。
シャルロット
「先に言っておきますが……私、ソルティアさんから詳しい事情や背景は一切聞いていません」
#ルナティア
「でしょうね。ソルは、そういう事を親しくもない相手にううん、親しい相手にすら、なかなか話さないでしょうから」
シャルロット
「聞く機会がありましたが、あえて避けました。……だから、私はルナティアさんのこと、さっぱり知らないのです」 やたら自慢げに
#ルナティア
「……胸を張る意味が、分からない」
#ルナティア
「……どうして、そんな事を訊きたいの」 先ほどから、理由を問うばかりだ。
シャルロット
「理由、ですか……一応、きちんとルナティアさんへ宣言はしましたよ?」 以前の、剣を交えたときのことだ
#ルナティア
ン?」 そう言われて、記憶を辿る。
#ルナティア
「……見極めたいとか、どうとか言ってたのは、覚えてるけど」
シャルロット
「それです」 ずばり、とばかりに
シャルロット
「それに、ルナティアさんがどんな方かも、知るいい機会でした」 だから終始満足げなのかもしれない。
#ルナティア
「その為に、私の出自を聞きたい、って?」
シャルロット
「出自いえ、出自にはそこまで拘っていないです」
#ルナティア
「……じゃあ、どんな事を聞きたいのよ」
シャルロット
「今、何を見て戦っているのかが一番知りたいことですが。それを単刀直入に聞いて応えていただくのも野暮というもの」
#ルナティア
「そもそも、そんな事は訊かれても答えないし」 アイスコーヒーを飲み干して、片手で頬杖をついた。
シャルロット
「だからさしあたり、好きな食べ物とか、得意なこと、それに趣味とかですかね。あ、無いとか言うなら探しましょう。一緒に」
#ルナティア
「……」 えー、って顔した。
シャルロット
「え、なんですかその顔……微妙に傷つきます」
#ルナティア
「あなたの考えって、分からないわ」
シャルロット
「そうですか……? 私は別におかしいことをしているつもりもないのですが」
シャルロット
あ、通信機の番号交換します? なんて伺いを立てつつ
#ルナティア
「……まぁ、別にいいけど」 番号交換には、「着信拒否するわ」と短く答えた。
シャルロット
「番号は教えてくれるんですね……」 なんだかんだで。
#ルナティア
「……出ないから」 掛けられても。
シャルロット
「かけていただく分には結構なので、どうぞどうぞ」 かくかくしかじかです
#ルナティア
「無いと思うけど」 猫と三日月のストラップのついた通信機を取り出して、シャルロットの番号を登録するだけした。
シャルロット
「ありがとうございます」 うれしそうにこちらも番号を登録して
#ルナティア
「……で、何だったかしら」 好きな食べ物に、得意なこと、趣味だったか。
シャルロット
「はい。猫、かわいいですよね」 脈絡も無く。
#ルナティア
「……そうね。使い魔も猫だしね」 実に気持ちの篭ってない平坦な口調で。
シャルロット
「やっぱりかわいいものです。……私も、魔術師になろうかなあ」 いえ、取るならコンジャラーなんですが
#ルナティア
「シャルロットなら、何でもすぐに出来てしまうんでしょう」
シャルロット
「……いえ。あの……り、りょうりとか、かじぜんぱんはにがてかなー、とか」 カタカタ。
#ルナティア
「……やってないだけじゃなくて?」
シャルロット
「以前、厨房に立ってみたことはあるのですが……まな板を切断したあたりでやめました」
#ルナティア
「そう……凄いわね」 色々と。
#ルナティア
「でも、意外だわ。……何でも、すぐに出来るようになるかと思ってた」
シャルロット
「料理って錬金術に似てますよね」 とか言う辺りもうだめだと思う
#ルナティア
「……似てないわ」
シャルロット
「似てないですか……。わからないのですが、私はそんなになんでも出来るように見えますか?」
#ルナティア
「見える、見えないじゃなくて、そう聞いてた。色々な所で、ね」
シャルロット
「少なくとも……私は、何かの才能には恵まれていないとそう思っていますよ」 若干自嘲気味に
#ルナティア
「……それ、不用意に言わない方がいいわ。特に、エリカみたいな子の前とか」
シャルロット
「いえ、ルナティアさんだからこそあけっぴろげに言っているんですが……事実では在りますよ」
シャルロット
「ソルティアさんやエリカさんには魔法の腕で敵いませんし、ヤンファさんには剣で勝てないでしょう」
シャルロット
「何の才能なのか、といわれれば、大体の事をなんでもある程度やれる才能みたいなとこじゃないですかね?」
#ルナティア
「……何でも出来るけど、代わりに、特化した相手には敵わない、と言いたいのね」
シャルロット
「なんだか、あってないような力だと思いません? いえ、だから私はダメなんだとか、悲観する気も一切無いですよ?」 
#ルナティア
「そうは思わないわ。事実、あの短い期間で魔動機術とかまで習得して、私に勝ったんだもの」
シャルロット
「あの時は気合というか、根性論といいますか……それに、あの戦いは独りではありませんでしたからね」
#ルナティア
「……そんなモノに負けたのかと思うと、余計にショックなんだけど」 気合や根性。 「そうね。その点については、4人全員に言えることだわ」
シャルロット
「それこそ、ルナティアさんのほうが一人で私よりも自在に色んな魔法を使ったり鎌を自在に操ったりすごい事だと思います」
#ルナティア
「年季が違うのよ。あなたとは、武器を握っている時間も、実戦に携わっている時間も違う」
シャルロット
「そう……ですね。でも、だからこそ追いつきたいし、勝ちたいと思うのです。ある意味、私の目標ですよルナティアさんは」
#ルナティア
「……本当、面白くって、苛々するわ」 ぼそりと呟いて。 「でも、しばらくはシャルロットと剣を交えるような機会も、もうないでしょう」
シャルロット
「……そう、ですか。では、そのうちに腕を頑張って磨くとしましょう」
#ルナティア
「…………ひとつ、約束でもしましょうか」
シャルロット
「約束ですか?」 少し首を傾げて
#ルナティア
「さっき預けたものの処分について、ね」 先ほど押し付けた大量の紙袋を示して。
シャルロット
「……はい」 預けたもの、と言う言葉を聴いて、嬉しそうに頷く
#ルナティア
「次に戦う機会が来た時、私が勝ったら、それは全部シャルロットのものになる。逆に、あなたが勝てば、あなたはそれを私に返して良く、私はそれを断れない」
シャルロット
「……ふつう、逆だと思います。ルナティアさんも、ちょっと変わってると思いますよ?」 微妙に苦笑いしながら
#ルナティア
「……だって、要らないんだもの。それと、変わってるっていうのは、シャルロットにだけは言われたくない。私は、普通だから」
#ルナティア
「それで、どうするの。受けるのか、受けないのか」
シャルロット
「そうですか……? いえ、判りました。受けてたちましょう。貰い受ける気なんてさらさらありませんけれど」
#ルナティア
「私も、あなたに押し付ける気しかないわ」
#ルナティア
「ともあれ、成立ね」
シャルロット
「………」 黙ってにらみ合った後、僅かの間をおいて少し噴出した
#ルナティア
「……何?」
シャルロット
「いえ、何においても勝負、勝負だなって……ひとつぐらい、なんでもない約束をしましょうよ」 と、一つ提案する
シャルロット
「その勝負、お受けしますので、私からも約束をひとつお願いします」
#ルナティア
「何でもかんでも勝負に持っていくつもりは、無いんだけど……」
#ルナティア
「……いいわ、言ってみて」
シャルロット
「勝敗に関わらずまたいつか、一緒にこうしてお茶でもしませんか?」 日向を思わせる微笑を浮かべて、そんなふうにお願いする
#ルナティア
……」 思いもしていなかった提案に、小さく口を開けたまま呆けた顔をする。 「……それは、約束しかねるわ。眩しい所は、苦手なの」
シャルロット
「場所や内容なんかは、ルナティアさんに一任しますよ。夜の海辺で、月を肴にお酒というのも、ちょっと憧れたりしますし」
シャルロット
「ただ、会って話をする。そういう、なんでもない約束をしたいだけですから」
#ルナティア
「……そうじゃなくて。あなたのような人の傍は、眩しすぎるのよ」
シャルロット
「だったら、慣れてください」 引きません、とばかりに言い切って 「私はこういう人間です。譲歩はしますが、限度もあります。だから面倒なヤツにつかまったのだと思って、諦めてください」 にんまり、という言葉がぴたりとはまる表情だ
#ルナティア
「難しい、注文ね」 噛み締めるように、目を伏せて頷く。左目を、軽く押さえながら。
シャルロット
「そうかもしれません。エリカさんにも、あまり良い顔はされませんでしたから」 ちょっと寂しそうに呟いて
#ルナティア
「そうでしょうね。あなたに対するエリカの感情は、あなたより私の方が、理解できてると思うわ」
シャルロット
「それでも、私はこう言っていこうと思うのです。私は、貴方と友達になりたい」
#ルナティア
「……とも、だち?」
シャルロット
「はい。友達です。ルナティアさんとは、現状だと好敵手とかにルビが振られてしまいそうですが」 冗談を交えて笑う
#ルナティア
「私は、好敵手とも思った事もないけど……。友達って、何をすればいいか分からないわ」 真顔で、そう言いのけた。
シャルロット
……そうですね。私も具体的にどうしたらいいか、そういえば知りません」 不意に真顔になってそんな言葉を返してしまう
#ルナティア
「……おかしい。シャルロットが、提案したのに」 その口が、小さく笑った。
シャルロット
「い、いや! ちょっと待ってください今考えます。大丈夫です、定義が難しいのが間柄というもの、簡単に言葉にできてしまわないほうがそれらしいとおもいますし!」 ウェイト、ウェイト、とばかりに手をストップ、とさしだして
#ルナティア
「……よくわからないけど、待つから落ち着いて」
シャルロット
「……」 小さな微笑を見て、僅かに動きを止めて 「……いえ。そうですね。第一段階としては、そう。お互い、愛称で呼び合いましょうか」 落ち着きます。と応えてから言う
#ルナティア
「愛称、ね。……例えば?」 シャルロットが微笑に対して動きを止めた事には、気付かなかったらしい。
シャルロット
「私は、よく“シャル”と呼ばれます。ルナティアさんは、そんな呼称がありますか?」 しにがみー、とか。そういうのは却下です
#ルナティア
「……ヤンファも、そう呼んでいたかしら。私は」 考えを巡らせては見るけれど。 「……ソルやあなた以外からは、まともに呼ばれた覚えがないわ。ソルは、ルナって呼ぶけれど」
シャルロット
「そうですか。……では、私は“ルナ”とお呼びしましょう。私の事は、“シャル”と呼んでいただけますか?」
#ルナティア
「……ん」 そのくらいなら、そう苦でもないだろうと、こくりと頷いた。
シャルロット
「ありがとうござ……ありがとう、ルナ」 満面の笑みで、そんな風に応えて
#ルナティア
ッ……」 目に見えて、彼女が痛みに顔を顰めた。
シャルロット
「ン、ン。他人行儀かと思って言い直しましたが、なんだか背筋に走りま……ルナ?」
#ルナティア
「……いえ、慣れないから、少しぞっとしただけよ、シャル」 取り繕うようにそう言って、その名を呼んで誤魔化した。
シャルロット
「……そう、ですか?」 心配そうに顔色を伺って
#ルナティア
「そうなの」 もう、彼女の表情はいつも通りだ。
シャルロット
「はい。ではそういうことに」
#ルナティア
「…………何だか、変なの」
シャルロット
「そうですか? 困ったらお電話くださいね。いつだって助けに行きますから」
#ルナティア
「誰かと、こんな話をするなんて思ってもみなかったから。まして、その相手があなたなんて」 連絡する予定はない、とそっけなく答えて。
シャルロット
「人生、どうなるかわからないものですね……」
#ルナティア
「……そう、ね。最初から、何も辛い事なんて無ければ良かったのに」
シャルロット
「……そうかもしれませんが、どうでしょうね。過去があるから、私とルナはこうして出会えたのだと思えば、少し感慨深いとも思いますよ」
#ルナティア
「私は、そんな風に過去を肯定的に受け入れられない。それは、未来も同様よ」 そう言って、静かに立ち上がった。
シャルロット
「では……受け入れられる未来を、頑張って作ってみるとしましょう」
#ルナティア
「……それを作るのは、あなたじゃないわ」 ふるふると、首を横に振り。 「ああ、そうそう」
シャルロット
「……どうしました?」 もう、音もなくいってしまうのかと
#ルナティア
「私が、ソルと会うかどうかは分からないから、伝えておいて」
シャルロット
「伝言ですか。……今、電話でもすればいいのに」 苦笑いだ。私のケータイ使います?
#ルナティア
「近くに行った時に、ついででもいいから、お墓に参っていきなさい、って」
#ルナティア
「魔動機械は、嫌いなの。仕事以外じゃ、使いたくないわ」
シャルロット
「お墓……参り? それ、ソルティアさんに伝えれば判ります?」
#ルナティア
「……伝わらないかも、ね。作ったの、ソルと別れてからだったし」
シャルロット
「え、えええ? それじゃあ、せめて場所ぐらい教えてください」
#ルナティア
「ソルと私の、それぞれの両親のお墓よ。元々、家があった場所に立ててあるわ」
シャルロット
「両親の……。それに、家があった場所、ですね」 わかりました、と頷く
#ルナティア
「こうやって、偶然にソルに会う事があれば、直接伝えておくけれど。そうでなかった場合は、よろしくね」
シャルロット
「判りました。任せてください」 こく、と頷く
#ルナティア
「それじゃあ、さようなら、シャル」
シャルロット
「はい。また会いましょう、ルナ」 手を振って応え
#ルナティア
「…………」 シャルロットに見送られながら、いつものように、一瞬で姿を消してしまうような事はなく、静かに歩き去って行く。
シャルロット
「……」 その遠くなる背中を黙って見送って
シャルロット
「……さて」 その姿が見えなくなった後、一人呟く
シャルロット
「いきなりですが……ソルティアさんに電話、しようかな……ヤンファさん空いてればいいんだけど」 山積みになった、どう考えても一人で持ち運べそうに無い荷物を眺めて、そんなふうに呻くのだった

幕間 了