虚ろの輪音

第一部 最終話後 幕間Ⅰ

幕間

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《呪音事変》から一週間。大きな被害を被った公都は未だに何処も復興に忙しい。
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とはいえ建物などへの被害はそもそも少ないことから、そろそろ落ち着きを取り戻しつつあるところもある。
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“宵の明星亭”で相変わらず働いている彼女、そこに現れる彼女の仲間である彼。
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ふらりと現れただけなのに、何を言われるか……まだ彼には想像もつかない。
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ってなわけで此処は“宵の明星亭”。時間は、昼ちょっとすぎたぐらいにしようか
エリカ
ふう」 例によって店の手伝い。昼のピークが終わった直後くらい。多分。一旦一休み。
ヤンファ
「~~♪」 鼻歌を歌いつつ、店の扉を開いてやってくる
ヤンファ
「ギルのオッサン、頼まれたもの持ってきたぜェ」 とかなんとかカウンターに来て店主とやり取り
エリカ
「あ、いらっしゃいま」 せ、と。言い終わる前に目を見開いて。
ヤンファ
「ン?」 それに気付き  「よォ、相変わらず働きモンだなァ」 カッカッカ
エリカ
「な……何やってんですか!?」
ヤンファ
「ン、何やってるって……仕事だが」 そういえば騎士の格好してます 
エリカ
「いや……ああ……いや……」 まじまじと格好を見て。
ヤンファ
「……あァ」 顎に手を当て
ヤンファ
「“こっち”の方がいいか」    「お勤めご苦労様です、エリカ様」 きりっとした顔付きで
エリカ
「………」
エリカ
「あの。ごめんなさい。殴っていいですか?」
ヤンファ
「はは、御冗談を……そのようなご無礼を働いた記憶があまりございませんが……」 ブレることのない演技である
エリカ
「……」 落ち着け自分、落ち着 「あ、無理」 殴った。
ヤンファ
「どうしました黙り込んでしまグパァッ!」
ヤンファ
「ごほ、ごほっ……なんたる仕打ち……」
エリカ
「ごめんなさい、我慢できなくて……」 謝ってるが反省の色は全くない。
ヤンファ
「全然謝罪の色が感じられねえ……ッ」 
ヤンファ
「此処までくるといっそ清々しいなァオイ」 いつもの口調に戻り
エリカ
「謝罪の色がどうので言うなら、そっちこそ素知らぬ顔で騙くらかしてくれたくせにしれっとやってきてソレですよ?」
ヤンファ
「い、いやアレから一緒に戦ってたりしたじゃねえか。今更殴る……?」
エリカ
「そうですけど」 だってなんかあの時多少なりとも好印象を持った相手が中身はコレだったとか思うと。くっ。
ヤンファ
「それに何だァ、お前さんも俺のこと陰口でボロカスに言ってた癖によォ」
ヤンファ
「『デリカシーも無いあんなやつ』とか散々だったなァ」 思い出しながら  「ま、全部本人に言ってたワケだがな!」 ハッハッハ
エリカ
「……」  「もう一回殴っていいですか?」
ヤンファ
「すみませんもうやめます」 しゅん
エリカ
「ああもう、なんで気づかなかったんだろ……」
ヤンファ
「そりゃァ、エリカちゃんが俺のこと侮ってたからだぜェ?」 どやぁ
エリカ
「……」 じろり。 「……とりあえず、いい機会ですから色々話して貰います」
ヤンファ
「……ン」 とりあえず椅子に腰かけ  「どんな話をご要望だ?」 真面目に聞く姿勢だ
エリカ
「……」 具体的にどんなと言われるとそれはそれで困ったりするのだ。正直解らないことが多すぎて。
ヤンファ
「………」 ふむ、と腕組みして  「そもそも、何故身を偽る真似をしたか、ってトコからかね」
エリカ
「……そうですね。正直そこからして解りません。シャルロットは……まあ、少なくとも姿と名前に関しては特に隠し立てもしてませんでしたし」
ヤンファ
「まァ、俺も元々騎士に居る身だからなァ。ソイツが冒険者にもいるってこと事態、見つかったら煩く言われることもある」
ヤンファ
「ま、無論それだけじゃァねえが」
エリカ
「……ていうか、冒険者だったのはシャルロットが来るよりもだいぶ前からですよね? 何だってそんなこと」
ヤンファ
「冒険者をやってたのは騎士がかったるいからだよ」 すっぱり  「シャルがこっちに手配されることになったのはその後付けだ」
ヤンファ
「シャルが見聞を広める為に冒険者になる……ただ、一人だと心許ないから護衛が必要」
ヤンファ
「そのために遣わされたのが俺だ、ってのが現状解りやすい説明かねェ」
エリカ
「……かったるいから、って」 ぽかんとして。 「……じゃあつまり、なんですか。息抜き、お遊びで冒険者やってた、と……?」
ヤンファ
「そういうこった」 うむ
ヤンファ
「あァーんな騎士のかったりぃ訓練して、仕事押しつけられるんだぜェ?」
ヤンファ
「それよか、自分で仕事選んで気楽にやってる方が良い……そう思ってたワケだ」
エリカ
「……」 なんだろう。なんか、あっけらかんとしすぎてて呆れしか出てこない。
ヤンファ
「カッカッカ、呆れたって顔だなァ」
エリカ
「いや、でもそれ、騎士辞めたわけじゃないですよね……掛け持ち……?」
ヤンファ
「あァ。適当に理由つけて神殿の方抜け出してたんだよ。で、髪色とか変えたりしてだなァ」  「あとは御存じの“ジャン”として活動だ」
エリカ
「……はあ」 息抜きの為に、手が込み入りすぎじゃないだろうか。
ヤンファ
「………」 話しても仕方ないが、少しだけは振れておくか  「……俺のファミリーネームは、シャンリークってんだよ」 エリカの目をちゃんと見て口を開く
ヤンファ
「ま、流石に知らねえと思うけどなァ」 名前自体は
エリカ
「……ヤンファ、ていうのが本名でいいんですよね?」
ヤンファ
「あァ。その通り、俺はヤンファ・シャンリークだ」 こっから先の話は奥の部屋でしてるということにしよう
ヤンファ
「ちなみにただの騎士じゃァねえ。特定の人間を護衛する、って血筋だ」
エリカ
「特定の……シャルロットのことですか」
ヤンファ
「察しが良いな……つっても現状見りゃァ解るか」 頷き
エリカ
「流石にここまで見聞きすれば解ります。いくらなんでも」
ヤンファ
「誰かの護衛、無論それは自身の行動に制限が大きくかかる」
ヤンファ
「望みもしないのにそれを定められた血筋に生まれ、檻に入ったような生き方を強いられる……」   「それが嫌でなァ」
エリカ
「……それで抜け出して冒険者なんて、してたんですか」
ヤンファ
「阿呆くせえ話だろォ?」 自分を嘲笑うかのような笑みで  「ま、そういうこった」
エリカ
「いえ、まあ……別に……」 そういう顔されると、何て言っていいものか。
エリカ
「……でも、だったらどうして“ジャン”をやめたんですか?」
ヤンファ
「結局は……冒険者になったっつっても逃げてただけなんだよ」
ヤンファ
「自由だと思い込んでただけで、何かを得たってワケでもねえ。ただ、逃げてただけだった」
ヤンファ
「それに気付いたから……かねェ」
エリカ
「……そう、ですか」
ヤンファ
「なんだァ、そっちまでしんみりして聞く必要ないんだぜ?」 カッカッカ
エリカ
「……」 むっとした顔になった。
エリカ
「……まあ、事情はだいたい解りました」
ヤンファ
「訊きたいことは他にもありそうか?」
エリカ
「……いえ。これ以上は」
エリカ
「……あ。これからは、騎士一本に絞るんですか?」
ヤンファ
「あァ、そのつもりだぜ」
ヤンファ
「ン、なんだァ。もしかして前の格好の方が好みだったか?」 けらけら笑い
ヤンファ
「それだったら頑張って前の格好でエリカちゃんの前に立っても……」
エリカ
「違います。むしろそもそもあの眼鏡とか似合ってなかったですし」
ヤンファ
「……ちょっと今のはショックだったなァ」 折角メガネ・ミキで買ったやつなのに
エリカ
「どうぞ勝手にショック受けてて下さい」
ヤンファ
「ひでえなァ」  「しかしなんだ、もうちょい詰問攻めにされるのかと思ってたわ」
エリカ
「呆れて問い詰める気がなくなっただけです」
エリカ
「なんかもう、あれこれ言うだけ馬鹿らしいっていうか……はあ」
ヤンファ
「そうかァ? 俺はてっきり、何でエリカちゃんに接触したのか、なァんて聞かれるのかと思ったがなァ」
エリカ
「……接触?」 何のことだか解ってない顔。
ヤンファ
「ン、あァ。なんでもねえよ」 余計だったか 「ほれ、こうやって密な接触をだな」 手をわきわきさせて
エリカ
「いや、なんでもなくないと思いますけど。何なんですか」 聞き捨てならない。 「……焼きますよ」
ヤンファ
「言うって。言うから焼かないでください」 ハイ
エリカ
「全く……」 はあ、と溜め息。
ヤンファ
「……まァ、何だ。おかしいと思わなかったか?」
エリカ
「……」 おかしいってどこのことだ。
ヤンファ
「例えば一つ。偶然にも俺とシャルがこの店に来て、そこで出会ったソルティア、エリカの二人……丁度その4人に【アビス】が配られたこと、とかな」
ヤンファ
「最初に組んだとはいえ、仮にもどうなるか解らねえ4人だったんだぜェ?そいつらにいきなりあんなモン渡すか?」
エリカ
「……あれは……」 たまたま、じゃあ。 「それは、確かに……そうですけど」
ヤンファ
「ま、今では逆からの考えになるがなァ」   「イエイツの血筋の人間がその辺の素性も知れない冒険者と組むのをお上は黙って見てるかってコトだよ」
エリカ
「何か、意味があって私が選ばれたってことですか? それ」
ヤンファ
「ソルティアは8年の軍属があるヤツだ。ま、そんだけのキャリアがあれば信用も出来る」
ヤンファ
「んで、エリカちゃん自身はあんまり関係ねえが、そっちもちゃんと理由があったそうだぜ」
エリカ
「……」 ソルティアさんは、まあ解る。 「でも私、そんな実績みたいなものないですし、何、が?」
エリカ
「軍、属……」 自分の身の回りをよく考えてみれば、父に思い至るのは当然で。
ヤンファ
「エリカちゃんの親父さんが、第四軍に居たってのは知ってんのかね」
ヤンファ
「今はマグダレーナの姫さんだが、当時はオトフリートの将軍が統率してた軍だな」
エリカ
「……いえ、ただ、父は【兵隊さん】で、【戦争に行って死んだ】、っていうぐらいしか……」 その程度の認識。なにせ子供の頃のことだ。
ヤンファ
「あァ……そうか。歳としてはそうなんだな」
ヤンファ
「その親父さんとジェラルドのオッサンに縁があったみてえでな。家族自慢とかよく聞かされてたそうだ」
ヤンファ
「そんな中でエリカちゃんの話も出てきて、興味もあったとのことだが。まァ、その親父さんの娘だから信頼できたってのが大きかったのかね」
エリカ
「……」 ぽかん、として。 「ジェラルドさん、って。え、ええ……っ?」
ヤンファ
「おォ、そんなに驚くか」 そこはちょっと意外だ 「ま、どんだけ仲が良かったかは知らねえけど、話はちょくちょくしてたらしい」
エリカ
「いや、だって……神殿の偉い人だし……」 そんな人と父が知り合いだったとは思いもしなかった。
ヤンファ
「偉い人っつっても、元はただの人間だぜェ?」
ヤンファ
「ほとんどは地位なんて後から与えられるモンだ。その過程でそこらの親父と知り合ってもおかしくねえだろ」
エリカ
「そうですけど……」 なんとも実感の湧かない話だ。
ヤンファ
「ま、エリカちゃんが吃驚してんのはさておき」 くく、と笑いつつ
ヤンファ
「それでちょっとエリカちゃんに力を貸して貰いたかったんじゃァねえかと俺は勝手に思ってる。それだけ、親父さんが良い人だったんだろォな」
ヤンファ
「地位とかは関係ナシで、個人的に娘さんにも是非、ってな」
エリカ
「……そう、ですね」 父が良い人だったなんて、それは自分の中では言われるまでもないことだけど。
ヤンファ
「ま、悪い言い方すると仕組まれた組み合わせだったってことになるがな」
エリカ
「なんか……なんだろ」
ヤンファ
「言い方を変えれば……ン?」 何か言いかけたようなので言葉を止め
エリカ
「あ、いえ、なんか、言葉で言い表しづらいんですけど、変な感じっていうか」
エリカ
「……父が亡くなって、もう5年も経って、今更父の関わりが、今になって私に影響してくるなんて思ってなくて」
ヤンファ
「……あァ」 成程  「確かに、それは不思議かもしれねえな」
ヤンファ
「俺は血筋での仕事だからそういうのは何も思わなかったが……エリカちゃんは全く違う方向性だったワケだし」
ヤンファ
「でもまァ、そこまで悪ィ気はしねえだろ?」 にしし、と笑って
エリカ
「なんか、ちょっと悪い言い方かもしれないですけど……父のことは、もう過去のことっていうか、思い出の中にしかないもの、みたいな感じだったから」
エリカ
「悪い気がどうこうっていうより……なんか、ちょっと戸惑うほうが大きいですけど」
ヤンファ
「そんなモンかねェ。俺の親父も颯爽と戦中に死んでったが、あんまりそういうのは解らねえなァ」
ヤンファ
「まァ言い方を良くすれば、エリカちゃんの親父さんはまだそういった柵の中に息づいてる、ってトコか」 いいこといった
エリカ
「どう、かな……。むしろ逆な気がしますけど」
ヤンファ
「っつーと?」
エリカ
「私の中じゃ、息づいてるっていうより、もうずっと死んでる……って、まあ、事実そうなんですけど」
ヤンファ
「………」 ふむ。あまり親父に興味が無かった、というワケではなさそうだが。どうなのだろう
エリカ
「頼りたくても、死んだ人にはもう頼れないし。そりゃ、父が亡くなって暫くは引き摺りましたよ、当然」
エリカ
「でも、最近じゃもう居ないのが当たり前で、思い出にだって、それだって浸ってる暇もなかったですから」
ヤンファ
「……成程な」 思い出としてすら出てこなくなったから、“死んでる”か
エリカ
「ほんとに酷い言い方ですけど。今の気分って、“もういらないと思って捨てたと思ってたものが、何かの拍子に目の前に出てきた”って感じなんです」
ヤンファ
「……ふゥん」 酷いとは思わない。それよりも  「で、その目の前に現れたヤツはどうするんだ?」
エリカ
「……どうすればいいんでしょうね。なんで今更、って、感じしますし」
ヤンファ
「ま、別に悪ィモンでもねえなら久々に拾ってみてもいいんじゃァねえか?」
エリカ
「……そうですね」  「……って、なんでこんな話になったんでしたっけ」
ヤンファ
「……あァー、なんだっけな」 ぽりぽり頭掻いて   「……あ。そうそう、何でエリカちゃんに声掛けたか、だ」
ヤンファ
「適当に今の4人が選ばれたってワケじゃァない、って話じゃなかったか」
エリカ
「ああ、そうでした」
ヤンファ
「ま、そういうこった。実は知り合ったのがそこまで偶然じゃないってことだな」
ヤンファ
「……シャルはこの辺の話もう忘れてそうだがなァ」
エリカ
「……シャルロットも知って……たんですか?」 忘れてそうとか言われたので過去形にした。
ヤンファ
「一応、この話はジェラルド、俺、シャルで口裏合わしてたモンだからなァ」 ギルも入ってそうだけど
ヤンファ
「無論、当初は隠し事の一つだったが、今となっちゃあんまり意味もねえコトだ」
エリカ
「口裏合わせって……はあ」 なんか、最初から随分色々騙されっぱなしだったんだな、と。
エリカ
「……まあ、別にもうそれくらいでどうこう文句言おうとは思いませんけど」
ヤンファ
「とはいえ、騙す形になってたのは悪かったと思ってる。悪かったな」
エリカ
「まあ……別にジャン……ヤンファさんが提案したわけじゃないんでしょうし」
エリカ
「それについてはもういいですけど……」
ヤンファ
「おォ、やっと覚えてくれたなァ」 名前  「いいですけど?」 続きがあるのだろうか
エリカ
「あー……いえ、いいです」
ヤンファ
「なんだァ、お前さんも気になるところで止めてるじゃねェか」 さっき俺に焼くぞとか言ったくせに
エリカ
「いえ、ただちょっと、さっきの話の流れで」
エリカ
「私、意外とお父さんのこと知らなかったんだなって思って……でも、ジャ……ヤンファさん自身がそのあたりのこと詳しいわけじゃないでしょうし」
ヤンファ
「あァ」 そっちのことか  「ンー、その辺はジェラルドのオッサンが知ってそうだが。確かに俺は詳しくねェ、悪ィなァ」
エリカ
「……まあ、なので別にいいんです」
ヤンファ
「ン、そうか」 ちょっともったいないことをしてしまったかもしれないな  「ま、何かしらジェラルドと会う機会があったら、ぐらいで考えてたら良いんじゃねェ?」
エリカ
「……そんな機会、あんまり無いと思いますけどね」 あったとしても、今までのような仕事の関係になるだろうし。
ヤンファ
「……どうかねェ」 それには賛同しかねるなぁ、と
エリカ
「ないですよ、あってもそんな世間話するような状況じゃないと思うし……」
ヤンファ
「ま、それもそうかねェ」 よっこらせ、と立ち上がり  「さァて、そろそろ休憩終わりじゃねェ?」
エリカ
「……あ、と。そうですね」
エリカ
続いて此方も立ち上がり。
ヤンファ
「ま、シャルは知らねえが、俺はちょくちょく顔も出すつもりだ」
ヤンファ
「よしみでちょっとぐらいサービスしてくれよォ?」 カッカッカと笑い
エリカ
「お断りします」
ヤンファ
「即答かよ……」 とぼとぼしながら部屋を出ていくとしよう
ヤンファ
「とりあえず、今日んトコはこの辺で、だ。またなァ」
エリカ
「そういうのならギルさんにお願いしてください」 てくてく。
エリカ
「……あー、はい。また」
ヤンファ
ってな感じで店を出て行きましたとさ

幕間 了