虚ろの輪音

第一部 第三話後 幕間Ⅱ

幕間

ジャン
時刻は夜。
ジャン
いつもの如く護衛を抜け出して足を運んだのは〈宵の明星亭〉
ジャン
其処には珍しく夜もウェイトレスをしていた少女の姿もあった
エリカ
ふう」 夜はあまり居ることはないが、今日は珍しく手伝っていたのだ。
エリカ
店内が落ち着いてもういいよーと言われたのでサービスの紅茶を飲みつつ休憩中。
ジャン
「……あァー、着いた着いた」 こっそり抜けるのは神経使うぜェ
ジャン
からんころん、と店の扉を開いて入ってくる
ジャン
「ン?」  「おォ、珍しい店員さんが居るじゃねェか」つかつかと歩き寄り
エリカ
「ん……」 ドアベルが鳴ると接客ぐせでついそっちを見る。
エリカ
「なんだ、ジャンさんですか」
ジャン
「よォ、夜は非番じゃァなかったのか」 同席していいか、と尋ね
エリカ
「今日はたまたま、です。もう終わりましたけど」 どうぞ、と同席許可。
ジャン
「よく働くねェ。冒険者稼業しつつじゃァそのうち体力持たなくなるぞ」 よっこいしょ、と座り
エリカ
「限度は弁えてますよ。あんまり家を空ける訳にはいきませんし……」
ジャン
「まァ、モニカちゃんの世話もあるならそりゃァそうか」
エリカ
「……まあ、そういうわけです」 妹の世話。
ジャン
「あァ、そういや煙草嫌いか?」
エリカ
「……吸う人だったんですか?」 煙草。
エリカ
「あんまり好きじゃありませんけど……別に禁煙席でもないですし、いいんじゃないですか」
ジャン
「いやァ、吸うんだが」
ジャン
「幼馴染のせいで騎士長の娘が煙草臭くなって帰ってきてみろよ。俺なんて言われるか……」
 お言葉に甘えて。と煙草に火を点けつつ(シュボッ
ジャン
「まァ、そういうことで普段は吸わねえだけだ」
エリカ
「結構昔から付き合いあるんですか。幼馴染って言ってますけど」
ジャン
「ンー、親父がジェラルドのオッサンと知り合いだったからなァ」 これは事実。 「小せえ頃からちょくちょく会ってたんだよ」
エリカ
「ふーん……。ジャンさんのお父さんも、ザイア神殿の関係の人だったんですか?」
ジャン
「いや、ウチの親父はヒューレ神の信仰だ。ジェラルドのオッサンとは戦場で知り合ったらしい」 ザイアではない
ジャン
「あァ、ちなみに俺もヒューレ神信仰してっからな、実は」 ぷふー、と白い煙を上に噴き
エリカ
「ああ、そっか。そういえばジャンさんも神官なんでしたっけ……一応」
ジャン
「見えねえだろォ」 カッカと笑った
エリカ
「自分で言いますか。まあ見えませんけど。これっぽっちも」
ジャン
「その辺は自覚してっからなァ」 輪っかの煙をふー、と吐いて遊んでる
ジャン
「そういやァ、エリカちゃんって妖精の使役が出来るのは家系か?」
エリカ
「はい? ……家系、って言えば家系なのかな。お祖母ちゃんが妖精使いだったんですけど」
ジャン
「ほうほう」
ジャン
別にアロイスという親父さんは関係なかったんだな、と思いつつ。
エリカ
「田舎に住んでて。たまにそっちに家族で行くときがあったから、その時に妖精との語らい方、付き合い方を教えて貰ってたんです」
ジャン
「いやァ、友達いないから妖精と戯れるようになったんじゃァないかと心配しててなァ俺」
ジャン
「それなら大丈夫だな!」
エリカ
「……へえ。ふうん。ジャンさんは私のことをそんな風に思ってたんですかー」
ジャン
「い、いや違うって。そういう人も偶にイルノカナーって思ってだなァ」
エリカ
「妖精使いを何だと思ってるんですか……」
ジャン
「別にエリカちゃんのことをそういう風に思ってたワケじゃァ……熱ッ」 慌てた際に灰がぽろりと手の平に落ちた
エリカ
「……やってるんですか」 ため息つきつつ。
ジャン
「………」 手をぷらぷらさせつつ  「……まァなんていうのかなァ、エリカちゃんって悩んでても人に言わなさそうだし」
ジャン
「妖精にでも何かぼやいてンのかなってな」 ちょくちょく茶化して言葉を濁す
エリカ
「妖精に人間の愚痴なんて言っても意味ないですから……」 はあ。
エリカ
「困った時は、ちゃんと人に頼ります」
ジャン
「あんなに妹のことで顔曇らせてんのに?」 直球で言ってみた
エリカ
「……」 む。 「愚痴を言ったからってどうにかなるものじゃないですし」
ジャン
「愚痴と悩みは別だって」 ひらひらと手を横に振り 「愚痴ってェのは勤務中にセクハラされたりした時のことを言うんだよ」
エリカ
「どっちにしたってそう変わらないですよ。今でも十分助けてくれる人には助けられてますし」
エリカ
「出来るだけのこともやってますし、だからこれ以上あーだこーだ言っても仕方ないんです」
ジャン
「そうかァ? まあ問題ないなら良いけどな」 それでも、と続け
ジャン
「あんな事件に足を踏み入れちまった以上、この先無関係の奴らに言えない事もそのうち出てくるかもしれねえ」
ジャン
「そういう時は、その辺の奴ら頼った方が良いと思うぜ」  「ソルティアは真面目に聞いてくれるだろうし、シャルも積極的に話に乗ってくれるだろうよ」
エリカ
「……依頼の詳細なんて、元々言いふらすようなものでもないですし」
ジャン
「まァな」
ジャン
「ま、そういう時のためにちょっと慣れとけっつーお節介だ」
エリカ
「ソルティアさんとは以前から付き合いがありますから、気を使ってくれることもよくあります」
ジャン
「アイツは気ィ遣い過ぎにも見えるけどなァ」 あのニコニコ顔を思い出しつつ
エリカ
「シャルロットちゃんは……」 もご、と何か言葉に詰まるような感じ。 「……まあ、そうですね。あの子はそういう子だな、って。私は付き合い浅いですけど、なんとなくわかります」
ジャン
「まァアレはそういうヤツだし……ンン、どうした。シャルに何か引っかかることでもあんのかァ?」
エリカ
「いや、別に引っかかってるとかそういうわけじゃ……」
ジャン
「年頃の悩みもあるだろォ? 『あの子の方が大きい……』とかな」 手をわきわきさせ
ジャン
「揉めば大きくなるらしいぜ?」 つまり俺が役得
エリカ
「焼きますよ」 じろり。
ジャン
「すみません……」
ジャン
「最近やたらバイオレンスじゃねェ……?」
エリカ
「ジャンさんがセクハラしてくるからです。……ああ、これ、フェリシアさんに愚痴っていいですか?」
ジャン
「えェ、なんでアイツの名前が出てくるんだよ……」 上官だなんて白状してないのに……
エリカ
「いや、なんかアランさんと一緒になって恐れてるじゃないですか」 よくしらないけど。
ジャン
「何でか知らないけどやたら睨まれるんだよなァ……アイツのせいかァ」 いいえ貴方のせいです
エリカ
「……普段の態度からしたら当たり前だと思いますけど」 睨まれるのは。
エリカ
「あと、どっちもどっちですから」 ジャンとアラン。
ジャン
「ジェラルドのオッサンなんて何も言ってこないぜェ?」
エリカ
「友人の息子だから多めに見てくれてるだけじゃないですか……?」
エリカ
「ていうか、何も言ってこないからって好き勝手やっていいってわけじゃないでしょう常識的に考えて!」
ジャン
「はい……はい……」
エリカ
「はあ……あんまり調子に乗ってると、そのうちそのジェラルドさんにも本気で怒られるんじゃないですか」
ジャン
「………」 こいつフェリシアみたいだなァ。なんでこういうのは何処にでもいるんだ全く
ジャン
「………」 こいつもシワ増えるのかなァ
エリカ
「……何ですかその目は」
ジャン
「……いやァ?何でも」 煙草ふかしつつ眼をそらす
エリカ
「何か失礼なこと考えてたんじゃないですか……」 じと。
ジャン
「そ、そそそンなワケあるじゃァないですかハハハ」 ジッポーをカチャカチャさせつつ
エリカ
「あからさまに動揺してるじゃないですか! 何考えてたんですか!」
ジャン
「なんでもないって!ちょっとあのフェリシアって女に似てるなァって思って顔のシ……」 ごにょごにょ
エリカ
「……シ……?」
ジャン
「シ、シ……」 やばい、考えろ俺。焼かれるぞ俺
ジャン
「そ、そう!シルエットがフェリシアと似てるって言おうとしてだなァ」
ジャン
(顔のシルエットってなんやねん俺……!)
エリカ
「……はあ」
エリカ
「明らかに苦し紛れの言い訳っぽいですけどもういいです……」
ジャン
「………」 ほっ
ジャン
「いやァ……何でか喉カラカラになっちまったわァ」 何か飲もう
ジャン
「ギルのオッサン、ちょいと厨房にあるモン借りんぞォ」 勝手にカウンターの中に乗り込みごそごそと漁りだす
エリカ
「……」 じとー。
エリカ
「……って、何やってるんですか」
ジャン
「何って、ちょいとドリンクをだなァ。酒の代わりにソーダにすっかね」 柑橘の果実を絞り、そこに蜂蜜を少量加えて最後にソーダを加える
ジャン
「よく行くバーで教えてもらったモンでなァ。エリカちゃんも飲むか?」
ジャン
氷を数個入れ、カラカラと中身を混ぜてる
エリカ
「いいんですか勝手に……。ギルさんは兎も角エルシオーネに怒られても知りませんよ」
ジャン
「エルちゃんは俺に何されても許してくれるって」 やだ卑猥
エリカ
「あと、私はいいです」 いらないいらないジェスチャーしつつ。
ジャン
「そうかィ」 グラス持って氷をカラカラと鳴らしつつ戻ってきた
ジャン
「………」 んぐんぐ  「……っぷはァ~~、生き返ったァ」
エリカ
「あんまり調子に乗ってると、そのうち痛い目に遭いますよ……」
ジャン
「6人の妹に囲まれた時はヤバかったなァ……」 遠い眼
エリカ
「うわあ……刺されればいいのに」
ジャン
「酷ぇ……」
エリカ
「ていうか『生き返ったァ』って、まるで私との会話で死にかかってたみたいじゃないですか?」
ジャン
「い、いやァ?ちょいとエリカちゃんと話してて緊張してだなァ」 
エリカ
「一体どのあたりに緊張する要素があったんでしょうねえー」
ジャン
「いやほらァ!好きな女の子と話す時に緊張して喉カラカラになっちゃうってアレだって!」
ジャン
「エリカちゃんが俺の妹になってくれねえかなァってマーキングしてんのだよ」 その気は全くなさそうな顔である
エリカ
「あはは、死ねばいいんじゃないですかあ」 ^^
ジャン
「チョイスされる言葉のレベルがどんどん上がってってる……」
ジャン
「最初はこんな接し方されなかったのになァ……」 まだそんな経ってない筈なんだけどどういうことなの
エリカ
「それだけジャンさんがそういう接し方をされるような言動をしてるってことですよ……」
ジャン
「ンじゃァ俺がキリっとしてたら普通の女の子に戻ってくれんの?」 言い方
エリカ
「キリっと出来るんですか?」
ジャン
「……俺の36番目の妹になってください」きりっ この発言である
エリカ
「ジャンさんってなんで生きてるんですか?」
ジャン
「えェ~~~!」  「おかしくねェ?今の会話成立してねえぞ、なァ」
エリカ
「会話、する必要あるのかな……」
ジャン
「あ、ヤベえ。これ以上評価下げたら人として見られなくなる」
エリカ
「そう思うなら調子に乗らないでください」 はあ。
ジャン
「まァ、キリっとしなきゃいけねえ時はキリっと出来るって」 
エリカ
「キリっと出来るなら普段からもう少しそうしてて下さい。まあもう下がった評価は上がらないですけど」
ジャン
「絶対出来ないけどな……」
エリカ
「私も出来ると思ってませんよ……」
ジャン
「……っていうか当時から評価そんな高くなかったろ」
エリカ
「元々そう高くなかったのがどんどん突き抜けていってますね。下に」
ジャン
「そうかァ、俺もソルティアみてえに振舞ってれば良かったんだなァ」
エリカ
「絶対出来ないと思いますけどね……」
ジャン
「ですよね」  「……そういやァ」
エリカ
「なんですか」
ジャン
「ソルティアとは元々何で知り合ったんだっけか? 冒険者の頃から、って感じじゃァねえよな」
エリカ
「お互い、妹が教会学校に通ってて、友達同士だったんですよ」
エリカ
「で、妹を迎えに行く時にたまに顔を合わせて……まあ、一言二言挨拶する程度だったんですけどね」
ジャン
「あァ、なんか迎えの親同士が挨拶するみてえなモンか」
エリカ
「みたいなっていうか、ほぼそのものですけど」
ジャン
「なるほどなァ……アイツはアカシャちゃんの世話で、か」
エリカ
「まあ、本格的に知り合いって言えるぐらいになったのは、冒険者になるちょっと前ぐらいですよ」
エリカ
「冒険者になるにあたって、私がソルティアさんに色々と質問したりしましたから」
ジャン
「あァ、『金がどれぐらい入るか』ってトコなんだろ」
エリカ
「……まあ、そうですね。最初に聞いたのはそれですけど」
ジャン
「どんな危険があろうと、最優先するべきで必要なモンだったワケだしなァ」 金が
エリカ
「そうですけど……何か、知ったようなふうに言うんですね」
ジャン
「そりゃァ、エリカちゃんみたいな普通の女の子が冒険者になるって普通は少ねえしな」
エリカ
「それはまあ……」 そうか、と微妙に腑に落ちないながら一応納得しつつ。
ジャン
「……まァそりゃァ今は良いんだ。ソルティアについて一つ気になることがあってだな」
エリカ
「? ソルティアさんに……?」
ジャン
「あァ、ソルティアな。アイツ、アカシャを拾って育てたって言うだろ。その前は10年ぐらいどっかの村にいたって言ってたしだな」
ジャン
「で、8年間は軍属、冒険者を数年。まあもっと他にもブランクの年はあるだろうよ」
エリカ
「……? そうですね、そういう話ですけど……ああ、冒険者は1年ぐらいですよ。始めた時期は私とほとんど変わりませんから」
ジャン
「そこで気付いたんだがなァ……足し算すると、アイツ」
ジャン
すげえ若作りじゃねえ?」 神妙な顔で
エリカ
「若作りっていうか……童顔ですよね」
ジャン
「だろォ、下手したらアイツ俺より年上かもしれねえんだぞ……」
エリカ
「ああ、今たしか……24歳の筈ですよ、ソルティアさん」
エリカ
「私、最初年下か、せいぜい同い年くらいだと思ってましたけど……」 お陰で恥じかいたわ!
ジャン
「あァ、最初タメ語だったけど気まずくなりながら少しずつ敬語にしていくタイプか」 カッカと笑い 「つか、俺より3つ年上……」 遠い眼になる
エリカ
「し、仕方ないじゃないですか! だってあの顔ですよ!」
ジャン
「そうなんだよ、絶対おかしいよなァ!あんなん絶対おネエさんに声かけられちまうタイプだぜ……羨ましい」
エリカ
「実年齢より10歳若いって言っても普通に通じますよ……あれ」
ジャン
そうだよなぁ、と言いつつ頷いて時間を見た
ジャン
「ン?」
エリカ
「どうかしたんですか? ……あ、やば」 聞きつつ、自分も時計のほうを見てぎょっと。
ジャン
「っとォ、結構遅なってたなァ」
ジャン
「悪ィ、引き止めすぎちまったな」
エリカ
「いえ、うっかりしてたのは私ですし」 言いつつ慌ただしく席を立って。
ジャン
「あァ。とりあえず急ぐんだろ。暗いし送っていくかねェ」
ジャン
どっちにしろ外に出るつもりだったし、と席を立った。お金ちゃりーん
エリカ
「あ、いいですよ別に。慣れた道ですし」
エリカ
つけっぱなしだったエプロンをギルに返しつつ、通信機取り出してコール。
ジャン
装飾のない通信機
ジャン
「まァ、そう言わずにってな。一応紳士なんだよ」
エリカ
「紳士って……」 どの辺が、と言おうと思ったら通信相手が出た。 「あ、モニカ? ごめん、今帰るところだから。……うん、うん。じゃ、すぐ帰るから。……解ってる解ってる。それじゃあね」 ぷち。
ジャン
「ンじゃァ、行くとすっかね」 とりあえず行く気である
エリカ
「……まあいいか」 はあ。 「それじゃあお願いします」
ジャン
「モニカちゃんのトコまで行って顔を出したいところだが、ソイツは我慢しよう」
エリカ
「顔出すって言っても許可しませんから安心して下さい」
ジャン
「まあ安心しろって、そんな夜道で襲ったりはしねえよ」 とか言いつつ店を出て行くのであった
エリカ
「夜道じゃなければ襲うって言うんですか!」
エリカ
とか言いつつ、そのまま家まで送られていくのであった。

幕間 了