虚ろの輪音

第一部 第三話後 幕間Ⅰ

幕間

シャルロット
所は、ザイア神殿最寄に用意された、戦士訓練施設。
シャルロット
神殿の中でも戦いに傾注しているザイアならではの、兵士訓練所にも似た場所である。
シャルロット
時刻は夜。他の皆は通常立ち入ることが出来ない時間に、人影が二つ。ひとつは私、シャルロット=ヘリオドール
シャルロット
もう一つは、夜遅くに呼び出しを食らったソルティアその人である。というところから。
ソルティア
うむ
シャルロット
「夜間は基本、誰も居ませんので遠慮なく使えます。あ、お父様から許可は頂いてますので」 オーケーですよ? と、傍のソルティアへ声をかける
ソルティア
「……さすがザイア神殿ですね。こんな場所があるなんて」 場所こそ違うものの、どこか見慣れた光景に目を細めて。
ソルティア
「許可というのは、こんな夜遅くに男性を呼び出す許可ですか?」 くす、と冗談っぽく笑い。
シャルロット
「やっぱり皆盾を持つことが多いですから。そういうのに憧れて入信される方も少なくは無いんですよ?」
シャルロット
「とはいえ、女性で剣に長けた方は存じませんし……ソルティアさんなら、お父様とも面識がありますからね」 手甲の具合を確かめながら呟く
ソルティア
「はは、そうですね。信用の証と思いましょうか」 こちらは既にいつものフル装備だ。
シャルロット
「それに、一人で出来る訓練には限度がありますから」 ブロードソードやリベリオンを整えて
ソルティア
「素振りと基本のトレーニングくらいしか出来ませんからねぇ……冒険者は蛮族みたいな人型の者と戦う事も多いですし、こういう機会は為になります」
シャルロット
「……この頃、特に実力不足を感じます。何かが足りないじゃない、何もかもが足りないんです」 やや視線を落とし気味に洩らす表情は僅かに暗い。
シャルロット
「ソルティアさん。通信でもお伝えしましたが……私に稽古をつけてくださいませんか。お願い、します」 表情は焦りがあれど戦士のそれ
ソルティア
「……まぁ、夜にいきなり通信が入って、そう言われたのは驚きましたが……戦士としての実力は、ほぼ同等だと思いますよ?」 フル装備と言ってもさすがに兜は外しているので、困惑したような顔が分かる。
シャルロット
「判りません。でも、戦えば戦うほど痛感します。ソルティアさんや、ジャンさんの隣に立って戦うことも難しいと」
シャルロット
「だから、お願いします。このままでは居たくないんです」 ブロードソードを引き抜いて
ソルティア
「……そうですね。その辺りは、戦闘、特に実戦の経験の差だと思います。ジャンさんは冒険者としてしばらく活動していますし、僕も兵士として暮らしてきた時期が長いですからね」
ソルティア
「その培った経験を実戦形式で教えることは、多少は出来ると思いますが……それだと、稽古のレベルで済まないかもしれませんよ?」
シャルロット
「私は……ジャンさんのお父様から剣を学びました。先の飛ぶ剣もその教えです」 握りを眺めながらの独白
ソルティア
「えぇ……余り見かけることの無い技だとは思っていましたが……」
シャルロット
「でも、それはきっとジャンさんが得意とする剣で、私では十全に扱えない」 剣も、型が違う。
ソルティア
「………」 そんな事は無い、と言っても、この状態では意味が無いだろう。
シャルロット
「だから、もっと違うことを。狭かった私の世界が広がっている今、もっと多くを知らないといけません」 剣を引き、盾を前にして腰を落とす。
シャルロット
「擦り傷打ち身、歓迎です。どんなことでも身に着けたい。お願いできますか、ソルティアさん」 見据える両目はまっすぐにソルへと向けられる
ソルティア
「……分かりました。僕が教えられる事はそう多くはありませんが……相手になりましょう」 しっかり鞘の止められた剣と盾を取り出して、構える。
シャルロット
ソルティアさんのそれは、重鎧と魔力剣での押し合いです。魔力の扱いにおいてなら、私の剣にも転用できるかもしれません!」 っざ、と。身の軽さを生かしたステップで間合いをつめると、すくいあげるように切り払う
ソルティア
「余り身のこなしに自信が無かったので、ね!」 ぐっと僅かな動きで剣を鎧に当てさせてダメージを防ぎ。 「少ない動きでダメージを軽減する方法を探した結果です」 そのまま剣を振り上げ、肩口へ向かって振り下ろす。
シャルロット
「私には膂力が無いからこその盾と魔剣です。お父様からそれを授かりました!」 盾を躍らせて、振り下ろされた剣を逸らして弾く
ソルティア
「お互い、武器の扱いはさほど長けているわけではないですしね。回避するか防御するかの違いはあれ、攻撃を魔力に任せたスタンスは似通っています」 弾かれた剣を肩に担ぎなおし、盾を構えてタックルをかける。
シャルロット
ふッ、づ……!」 盾ごとうけて、踏みとどまりきれず弾き飛ぶ
シャルロット
「……ッ! リベリオン!」 くるんと剣を回転させて鞘に収めると、盾を大きな剣へと変貌させる
シャルロット
神剣解放(ブレイド・エクステンド) 行きます、ソルティアさん!!」 ヴヴヴ、と小気味良い魔力音を奏でて、青く光る刀身を振り上げる
ソルティア
「ですが、魔力を帯びた剣で攻撃を行う場合、回避に頼るものと防御に頼るものでは、一つ違いが出ます」 一撃の気配に盾を構えて備えつつ。
シャルロット
「でやぁああああ!!」 魔力撃。マナを刀身へと注ぎ込んだ一刀を、大きく振り下ろして叩き込む!
ソルティア
「魔力を武器に込める際、意識は一瞬そちらにそれます。そして……」 ガガンッ、と剣撃を盾で受け止め、その衝撃に体の骨がギシリと鳴って苦痛を伝えてくる。
シャルロット
ッ!?」 ものの見事に受け止められた。次に続くビジョンが脳裏に浮かぶ
ソルティア
「回避行動や、抵抗への心構えが疎かになる……」 魔力撃の隙をついて、胴体を狙って横薙ぎに剣を振る。
シャルロット
「は」 ねじるように引き戻した剣で剣を受け止め、そのまま真横に吹き飛ばされる
シャルロット
「と、っと……!」 空中で一回転して、足から着地。砂埃をまきちらしながら1mばかりスライドした。
ソルティア
「回避に重点を置く場合、どうしても防御力が下がります。その点、重武装の場合、回避に意識を割く必要が無い。この差ですね」 その場に立ったまま、軽く剣を振り。
ソルティア
「魔力を込めた一撃……魔力撃を主にして使う場合、そこに大きな差が出ます。回避と防御、そのもののメリットとデメリットは別にして、ですが」
シャルロット
「……ジャンさんの放つ必殺剣よりは、負担が少ないとは思っていたんですけれど」 じんじんと響く両手に、顔をしかめる
ソルティア
「特に、以前僕が使った、魔力撃の上から更に魔法を込める剣の場合……」 すっと正面に構えた剣が、バチバチと雷を帯び始める。 「更にその傾向が顕著になります。シャルロットさんにはちょっとお勧めは出来ませんね」
シャルロット
「そう、ですね……あまり打ち合い向きでないのは確かです」
ソルティア
「ジャンさんは、急所を狙うあの一撃以前に、武器の扱いに長けていますからね。必ずしも使う必要が無いんです」
ソルティア
「ですが、僕やシャルロットさんの場合は、魔力撃を使わざるを得ないんです。基本となる武器の威力に難がありますからね」
シャルロット
「飛ぶ剣を教えていただけたのも、もしかしたらそういう面もあったのかもしれませんね」 苦笑しながら、剣を盾に戻した
ソルティア
「かもしれませんね。……続けましょうか」
シャルロット
「と、なると……威力を求めるときは防御を殺いででも扱う必要があるですよね」 鎧相手には、鈍器だ。盾とメイスを構え
シャルロット
「……行きます!」 剣だろうが鈍器だろうが、扱えないものはない! 重心を低く、低く。重きを置いた立ち回りへと
ソルティア
「もし、回避から意識を外すのでなく、防御から意識を外すような調整が出来れば、シャルロットさんのスタイルに合うかもしれませんが……」 こちらもぐっと腰を落とし、その場で待ち構える姿勢になる。
シャルロット
「は、ぁ!」 鋭さは投げ捨てて、確実な打撃を盾の上から叩き込む!
ソルティア
「……ッ」 撃ち込まれる打撃を盾で受け止めていくが、そこから伝わる衝撃に動きが止まる。
シャルロット
「もう一つ! 目標捕捉(ターゲット・サイト)!!」 片手でコンパクトな打撃を叩く。目標を正しく捉える照準あわせの魔動機術
ソルティア
「魔動機術ですか……余り無闇にマナを消費するものでは、無いですよ!」 打撃の合間を縫うように狙いを定め、同時に口の中で小さく詠唱を始める。
シャルロット
「魔力量でも、早々負ける気は、ありませんよ!」 テンポ良く、しかしながら判りやすいリズムで連打をたたく
ソルティア
「軌道が素直すぎますよ!」 『ヴェス・ザルド・リ・ドム。ロス・クラムビリス!』 唱えた呪文は【パラライズ】だ。一瞬の痺れに合わせるように剣での一撃が胴部に迫る。
シャルロット
麻痺呪……ッ!?」 メイスを放り投げて、無理に盾で受け止める
ソルティア
「魔法は単発で使うものとは限りませんからね……!」 受け止められた剣の裏から盾を重ね、重量をかけて体当たりをするように後ろへ吹き飛ばす。
シャルロット
は、づ……!」 再び砂埃と共に後ろへ
シャルロット
「……っ、騎士神ザイアが名の下に!」 空いた手のひらを、剣のグリップへ伸ばさずそのまま開いて正面へとかざす
シャルロット
神氣(フォース)!!」 ッゴ、という空気が爆ぜる音と共に、見えない銃弾が放たれる
ソルティア
ヴェス・ヴァスト・ル・バン……』 かざした手に対応するようにこちらも詠唱を始め、同時に前方へ駆け出す。
ソルティア
スルセア・ヒーティス……ヴォルギア!』 通常より威力の弱まった【エネルギー・ボルト】が威力を相殺するようにフォースと正面から打ち合う。
シャルロット
ッ」 火力でも撃ち負けている! 歯軋りを鳴らしながら、煙幕を利用してふたたび突進をかける。手には再びブロードソード
ソルティア
「油断してる暇はありませんよ……!」 魔法を使ったはずなのに、集中等無かったかのような速度で迫り、再び肩口へ剣を振り下ろす。
シャルロット
「早……っ」 飛び出した先に既に剣がある。驚愕しつつ、剣を剣で受け止める
ソルティア
「……この間の僕とシャルロットさんの違い、分かりますか?」 ギシリ、と合わせた剣を押し込みながら。
シャルロット
「……っ、分かりません!」 分からないことを隠そうともせず、素直に叫ぶ
ソルティア
「選択肢の多さ、です。……僕は魔力撃に出来るだけ適応するように回避より防御を取りましたが、それにしたってデメリットはあります」
ソルティア
「魔力を込めた一撃、更に魔法を乗せた一撃、魔法と攻撃の同時使用、それを移動速度を維持したまま使う方法……今までは机上の空論でしたがね、アビスの力を使えばこれだけの事が出来るようになるんです」
シャルロット
「……それは、私にも扱えるものですか?」 力を受け流して、噛みあわせたままの剣を弾き飛ばして間合いを取る
ソルティア
「一部はシャルロットさんのスタイルには合いませんが、覚えていくことは可能だと思います」 貴女魔法拡大/数とか持ってても使った事ないもんね
シャルロット
そんな業もありましたか
ソルティア
「それに、僕のやり方ばかりが正しいとも限りません。他にも、選択肢を増やす方法はあるでしょう……複数人に魔法をかける事が出来たり、或いは範囲にかかる魔法の対象を指定したり……」
シャルロット
「選択肢……そうですね。色々、覚えていく必要があるかもしれません」
ソルティア
「回避にしろ防御にしろ、攻撃面に重点を置く場合、必ず不備が出ます。それを補助する為に、選択肢は多い方がいい……」 ギィンッ、と剣を弾いて後方へ飛び退り、距離を取る。
シャルロット
「最後です。行きますよ、ソルティアさん」 魔力撃での一撃。盾を剣に。両手で構えておおがかりな一撃を放つように構え、アビスすら機動させた。
ソルティア
「……では、こちらも全力でいきますよ」 鞘の付いたままの剣が青白い光を帯び、更に微動を始める薄い音が聞こえてくる。
シャルロット
「……これはどうでしょう。不備はいい、ただ、攻撃にだけ傾注する!」 魔力撃には魔力撃だ。
シャルロット
「はぁああああ!!」 っざ、と袈裟に剣を振り下ろす
ソルティア
「状況によりけり、ですね……!」 魔力の上に【ブラスト】の魔法を上乗せした一撃を、逆袈裟に切り上げる。
ソルティア
「ッ……」 回避を捨てた攻撃のせいで袈裟懸けの一撃を肩に受けるが、その威力の大半は鎧が受け止める。
シャルロット
「……ぁぁぁあああ!!」 逸らした身体を浅く切り裂いて、その上からブラストがはじけて飛ぶ
シャルロット
……っ」 剣を地面に立て、寄りかかるように膝を付く
ソルティア
「……まぁ、この結果は相性の関係でしょうけどね」 ふぅ、と息をついて鞘の付いたままの剣を腰に差しなおして。
シャルロット
「ジャンさんとやりあえば、きっと一太刀で落とされると思いますけれどね」 傷みに僅か顔をしかめながら立ち上がる。傷のほうはあてがった手からの治癒魔法ですでに潰し始めている。
ソルティア
「……割と本気でやっちゃいましたけど、大丈夫ですか?」 鎧を鳴らしながら近づいていき、手を伸ばす。
シャルロット
「平気です。普通の女の子よりは丈夫な自信もありますし。むしろ、ヘンに手心を加えられなくて嬉しいです」
ソルティア
「神殿長に何を言われるか、ちょっと心配ですけどね……」 はは、と苦笑して。 「まぁ、僕から言えるのは、このくらいですかねぇ」
シャルロット
「このぐらいで物申すような人でしたら、冒険なんて出させませんよ」 くすくす
ソルティア
「シャルロットさんの使う神聖魔法は、幅の広いものですし。攻撃と魔法の選択肢を増やすのは、かなり有効な手段だとは思いますよ?」
シャルロット
「もう少し習熟しなければなりませんね。ザイアの声をもっと近しいものにしないと」
ソルティア
「後は、そうですね……ちょっとはずるい手段も覚えた方がいいですよ? これは、戦闘に限らず、ですけどね」
シャルロット
「剣を打ち合わせて思ったことがあるんですが……マナ資質、近い感じですよね?」 うーん? と首を傾いだ状態でちらちらとソルの手と剣を見る
ソルティア
「え? あぁ、そうですね……エネルギー・ボルトとフォースも、思っていた以上に上手く相殺されてましたし。威力を削ぐくらいのつもりだったんですが……」
シャルロット
「……魔剣も、噛み、合う……?」 うーん
ソルティア
「魔剣をかみ合わせる、ですか?」 あーこれは聞いてなかったな、とちょっと苦笑しつつ。
シャルロット
「ソルティアさん。こう、剣を構えて魔力をためてみてください」 こう、と剣を下方に向けて寝かせる姿勢。
ソルティア
「あぁ、はい、分かりました」 言われたとおりの姿勢をとって、剣に魔力を溜めていく。
シャルロット
「で、ええと」 並べるように魔力をためた剣を差し出して。
ソルティア
「……ん、これは……」
シャルロット
ばづん! と、弾けるような音を鳴らせて、シャルロットの魔力とソルティアの魔力が混ざり合わないまま重なり合った
ソルティア
「っとと……」 弾ける音に近づけていた顔を引っ込める。
シャルロット
これ、物凄い威力なんじゃないです?」 出来てなんだけど、びっくりがおである
ソルティア
「そうですね……この段階で実戦使用は難しそうですが……」 ふむ、と思案顔である
シャルロット
「ここまで調和性があると思いませんでしたが、運用次第で力になりますよ!」 わぁ、わぁ
ソルティア
「どうやら、そのようですね……ちょっと研究してみましょうか……」 二人の剣を近づけたり離したりして魔力の具合を見ながら。
シャルロット
「はい!」 にこにこしながら打ち合わせを始める
ソルティア
「上手く剣撃のタイミングを合わせれば……」 と顔を上げると凄い笑顔になってた。 「……嬉しそうですね?」
シャルロット
「はい。やっぱり、出来ることが増えるのは嬉しいことです。……ジャンさんでは本気で相手にしてくれないですし、こうして相手になってくれる人は初めてかもしれません」 同じ視点で見てくれる、という
ソルティア
「はは、それは光栄ですね。光栄すぎて刺されそうです」 あけすけ過ぎる笑顔に、くすりと笑みを零して。
シャルロット
「さ、がんばりましょう! 朝までなんてできませんけど、できる限り!」 ふぁい、おー!
シャルロット
「また、今後も付き合ってもらっていいですか? 夜、ご迷惑でなければですけど」 昼はこの場所あいてないんだ
ソルティア
「ま、実用に耐えるかどうかは明日以降……えっ?」
シャルロット
「えっ?」 まだこれからでしょう?
ソルティア
「え、あ? そ、そうですね、夜は時間も空いてますが……」
ソルティア
「……そ、そうですね……」 この顔に逆らえるはずもない。ソルティアはいつか背中を刺される覚悟を決めた
シャルロット
「じゃ、宜しくお願いします」 がっとソルティアの手を両手で握り
シャルロット
「がん、ばる、ぞー!」 おー!
ソルティア
「……分かりました。お付き合い致しましょう」 やれやれ、とどこか楽しげに苦笑して。
ソルティア
「お、おー?」
シャルロット
そうして、夜は更けていくのであった。

幕間 了