虚ろの輪音

第二部 第六話後 幕間

幕間

ヤンファ
城内での激闘も乗り越え、静まり返ったヴァルクレア城
ヤンファ
城内は広く、散策する暇などこの待ち時間にないだろう
ヤンファ
部屋に戻ると言った筈の彼は、二階のテラスのような場に出て柵にもたれかかり、景色を眺めていた
ヤンファ
「………」 ふぅ、と吐くのは白い息。指には煙草を挟み、ただぼうっと外の景色を眺めていた
ヤンファ
「………こんなことになるとは、な」 今の状況などのことではない。ドゥラージュと刃を交わす直前のあの出来事だ
ソルティア
そのテラスの入り口の扉が開き、聞き慣れた甲冑の足音が聞こえてくる。
ヤンファ
「……ン?」
ヤンファ
振り向き、その足音の主を確認する
ソルティア
「ここにいましたか、ヤンファさん」 後ろにいたのは、言うまでもなくソルティアだ。
ヤンファ
「あァ。なんとなく、外の景色が見たくなってなァ」
ソルティア
「そうですか……ここからでは、ヴァニタスの畑しか見えないのが残念ではありますね」 ヤンファの横に並んで景色を眺める。
ヤンファ
「ま、現実を眺めるってヤツだ」 景色はな
ヤンファ
「そっちは、風にでも当たりに来たか」
ソルティア
「えぇ、ちょっと気分を変えに。この姿では、一時間ばかりでは座って休むのもままなりませんしね」 甲冑だから脱ぐのにも時間がかかるのだ。
ヤンファ
「つってもソレ通気性悪そうだけどなァ」 カッカッカ、と笑う。風も当たらんのじゃないか
ソルティア
「一応魔法的な加工はしてありますので、休めないわけではありませんが……」 気分の問題ですよ、と笑う。
ヤンファ
「そうかァ。それでも四六時中そんな重いモン着たくねえな、俺なら」
ヤンファ
「昔は、そんなモンすら着れなかったんだろ?」
ソルティア
「昔は今ほど筋力がありませんでしたしね……」 そういう問題を言っているのではないかもしれないが。
ヤンファ
「……ふゥん」 ジリ、と柵に煙草の火を押し付け  「よくもまァ、そんな心変わりが出来たモンだ」
ヤンファ
「アカシャちゃんのおかげなのか、あの女のおかげなのか」
ソルティア
「両方、ですかね……アカシャがいなければ僕があの生き方から脱却する事もなかったでしょうし、ルナティアについては言わずもがなです」
ヤンファ
「脱却、ねェ……」
ソルティア
「それに、それはヤンファさんだって同じ事では? よくもまぁあんな台詞を堂々と言えるように……」 くすり、と笑い
ヤンファ
「るっせェ!アレ結構後悔してんだからなァ俺」
ヤンファ
「あの公衆の場でどんだけの羞恥プレイだよ……」
ソルティア
「いやいや、いいことだと思いますよ? 僕はヤンファさんは昔からシャルロットさん狙いだと思ってましたが……」 そういう問題ではない。
ヤンファ
「アホか。家柄もなきゃアイツと出会うことすらなかったろうよ」
ソルティア
「家柄もあってこそのヤンファさんですよ。最終的に元の鞘に収まったと言えばそんな感じですしね?」 ははは
ヤンファ
「余計なお世話だ」 けっ、と次の煙草の火をつけた
ヤンファ
「大体、てめェはなんなんだよ。てめェこそあの女のケツ追っかけてたじゃねえか」
ソルティア
「そりゃあ追いかけますよ。大事な家族なんですからね」 しれっ
ヤンファ
「ふゥん」 すぱー、と煙を吐き  「なァ、お前さ」 前から思ってたことがある
ソルティア
「はい、何でしょうか」
ヤンファ
「ルナティアは恋人になりたいわけじゃァないってホントかァ?」 ほんまなん?
ソルティア
「ん……どうなんでしょうね。好きか嫌いか、と言われれば間違いなく好きだ、と答えられるんですが……」 うーん、と顎に手を当てて真面目に考え込み
ヤンファ
「………」 イマイチぱっとしねえ答えだなァ
ソルティア
「何と言うか……一人の異性として見る、と言うのが上手く出来ないんですよ。僕らは育った状況が異常と言ってもいいですし、それ以上に僕らの関係は近すぎたんですから」
ヤンファ
「でもよォ、同じぐらいの女と家族で恋人じゃァないとか絶対無理だろ」 男なら
ソルティア
「あー……それはアレですか。要するに抱きたいとか抱きたくないとかそんな話ですか?」
ヤンファ
「まァ無論それもある」
ヤンファ
「が、結局一緒にいると愛おしくなってくるだろ、って俺は思う……って話だな」
ソルティア
「愛おしさは勿論あるんですが……」 むぐぐ
ソルティア
「もう一度彼女を抱きしめてあげたい、とか、そういう思いもありますよ。……ん、そうすると恋人みたいにおもってるって事になるんでしょうか……?」 と一人で首をかしげ
ヤンファ
「それも愛情の一つだとは思うぜ」
ヤンファ
「………」 ふむ  「ンじゃァ、別のことを訊くが」 煙草の先をソルティアに向け
ソルティア
「はいはい、今度は何でしょうか」 と向き直る。
ヤンファ
「例えば……」 誰からにしようか。 「例えばエリカが知らない男と二人で歩いてたら何か思うか?」 嫉妬とかそういうの
ソルティア
「んー、心配になるのと安心するのが半々って感じでしょうか」 心配は男に騙されてないかってことで、安心は彼氏が出来たならよかったなぁみたいな意味で
ヤンファ
「そうか」 まァ距離感的にそんなものか。 「じゃァ次は……そうだなァ、シャルが俺と一緒にいるのを見て何か思うか?」 身近にそれっぽい女が少ないからあとシャルぐらいしかいなかった
ソルティア
「それはもう微笑ましく見守りますとも」 半分冗談の口調だが半分は真面目っぽい
ヤンファ
「………」 そういう意味じゃねえ。 「で、次だ」
ヤンファ
「ルナティアが知らない男と二人で歩いてたらどう思う」
ソルティア
「………」
ヤンファ
「………」 返答を待ちつつ煙草を咥え
ソルティア
「……それはアレですよね、殺害対象とかじゃないもっと普通の話ですよね?」 念を入れないと分からんのかお前は
ヤンファ
「いや、なんでそうなるんだよ」 ひらひらと手を横に振り 「そりゃァ普通の男だ」 なんなら俺でもいいけど
ソルティア
「……… ちょっとチクっと来ました。心臓の辺りが」 もの凄く微妙な顔になって
ヤンファ
「……ほほォ」 やっぱり気になるんじゃねえか
ヤンファ
「ちょっと嫉妬感じたろォ?」
ソルティア
「………はい」 さすがにいいえと答えるほど朴念仁でもないようだ。
ヤンファ
「そう思うってことは、自分のモノにしたくない、なんてことはないだろうよ」
ソルティア
「……そうですね、そうなんでしょう。少なくとも、彼女が他の男のところに行くのをむざむざ見送る事はしないと思います」
ヤンファ
「あの女を日常に連れ戻して家族として過ごしたい、ってだけなら」
ヤンファ
「他の男の方へふらっといっちまうかもしれねえしなァ」 すぱー
ソルティア
「えぇ……“家族”としてだけなら、それは喜ぶべき事なのでしょうしね」 戸惑うような顔になり
ヤンファ
「………ま、そういうことだ」 大まか反応は確かめれた
ヤンファ
「お前はそろそろ自分に素直になることも覚えていかねえと、損するばっかだぜェ?」
ソルティア
「……ただまぁ、今はその事は考えられそうもないです。その前のハードルがまだまだ高いですからね」 はは、と笑い。
ヤンファ
「ま、今はな」 ペースはお前次第だ
ソルティア
「えぇ、ありがとうございます。……エリカちゃんにも言われてますしね。“その後”の事も頭の隅においておかないと」
ヤンファ
「だなァ、まさかエリカが言いたいこと全部言っちまうとは思わなかったが」 くくっと笑い
ソルティア
「えぇ、もう、エリカちゃんにはお世話になりっぱなしですねぇ……彼女も彼女で大変だって言うのに」 ふぅ、とため息
ヤンファ
「エリカはなんだかんだ、俺らについてきてる。あんま喋らないから判らないが、この短期間で変わり始めてる」
ヤンファ
「アイツはアイツで、自分なりに何かを得れると思うぜ」
ソルティア
「……そう願いましょう。モニカちゃんの事もありますし、潰れないように僕らがしっかりしないといけませんね」
ソルティア
「全くですよ。か弱いと思ってたのに、あんなに強くなってたなんてねぇ……」 しみじみ
ヤンファ
「あァ、お前なんて特にあんなこと言われたんだからなァ」
ヤンファ
「ちゃんとしねえと、俺があの女に手ェ出すぜ?」 カッカッカ
ソルティア
「その時は白い手袋を用意しておきますね」 にっこり 
ヤンファ
「ほら見ろやっぱ結構嫉妬してるじゃねェか!」 なんでそんな殺気に満ちてるんだよ!
ソルティア
「えぇい、ヤンファさんはシャルロットさんを誘惑してればいいんですよ! あんな子がいて他に手を出そうだなんて贅沢すぎますよ!」
ヤンファ
「やかましいわァ、どこが贅沢なんだどこがァ」 世話大変なんだぞてめえ
ヤンファ
「……でもあの女が一緒にいたらシャル喜びそうだな普通に」 あんま違和感ねえぞ
ソルティア
「………」 お手本のようなジト目を向ける
ヤンファ
「うそうそ」 流石にそんなことしませんっていうかできません
ソルティア
「……まぁ、シャルロットさんに殴られない程度に済ませておく事ですね」 はぁ
ヤンファ
「いやしねえって」 多分
ヤンファ
「……ま、こんなアホ話できるのも後少し、か」
ソルティア
「……そうですね。女性陣がいるとこんな話出来やしませんし」
ヤンファ
「あの場で話したら間違いなく俺焼かれてるしなァ」
ソルティア
「今回は僕も焼かれそうです……」
ソルティア
「ま、事が済めばまたこんな話も出来ますよ。その時はお酒でも入れたいもんですねぇ」
ヤンファ
「だな。アランらへんも混ぜると愉しくなりそうだ」 酷い意味で
ソルティア
「絶対女性陣は混ぜれませんね、それ。ギルさんも誘いますか?」 ははは
ヤンファ
「あァ、あの店じゃ世話んなったしなァ。他の奴らも誘っちまおうぜ」
ヤンファ
「全員で飲む時は……そうだな。ルナティアも一緒にいれたらいいな」
ソルティア
「えぇ。その際は、下ネタは厳禁にしませんとね」 落とされますから。何がとは言わないが
ヤンファ
「ま、それを実現するためにも、もう一働きだなァ」 柵から離れ、ソルティアの方を向く
ヤンファ
「頼むぜ、結構頼りにしてんだからよ」 拳を突き出し
ソルティア
「これ以上、好き勝手やらせるわけにもいきませんからね」 こちらも柵から離れて。
ソルティア
「それは光栄な事です。微力ながら……とはもう言えませんね。僕の力、存分に使ってもらいましょう」 小さく笑い、拳を突合せる。
ヤンファ
「おォよ」 ニッ、と笑い
ヤンファ
「さ、て。そろそろ迎えも来る。一旦さっきの場所に戻るとすっか」
ソルティア
「そうですね。エリカちゃんとシャルロットさんのガールズトークにお邪魔する事にしましょう」 世知辛いガールズトークな気もするが
ヤンファ
「殺伐としてそうだなァ」 くくっと笑い  「行くか」 踵を返し、歩き始めた
ソルティア
「えぇ」

幕間 了