虚ろの輪音

第二部 第三話後 幕間

幕間

GM
公都ダーレスブルグ旧市街にある、ごく普通の一軒家。
GM
今君は久しぶりにその前へと戻って来ている。
GM
モニカ一人しか今は住んでいないのだから当然といえば当然だが、いつもよりも一回り静かだ。
エリカ
「……」 ふー、と。家の前で深呼吸。
エリカ
ぱちん、と両手で自分の頬を叩く。久しぶりに妹に会うのに、疲れた顔はしていられない。
エリカ
「……よし」 大丈夫、と自分に言い聞かせ。我が家の扉を開く。 「ただいま」
GM
君が扉を開け、声を発してからややあって、どたどたという音が廊下の奥から響いて来る。
エリカ
「……」 どたどたって、そんなに慌てなくてもいいのに、と思いつつ。 「……って」
モニカ
「だ、誰ですか……?」 フライパンとおたまを片手に奥からやってきたのは、紛れもなく妹モニカの姿だ。
モニカ
「……え、ね、姉さん? ちょ、ちょっと待ってね? あれ、なんで……? あ、ちょっと待ってね……?」 エリカの顔を見るとささっとフライパンとかを後ろに隠した。
エリカ
「私よ、私。久しぶりに帰ってきた姉に、なにその出迎え」 まったくもう、と言いつつ、ちょっと笑って。
モニカ
「だ、だっていきなり扉が開けられたら誰だってびっくりするでしょ……?」 最近はずっと一人だったんだし。 「はぁ……怖がって損した……」
エリカ
「ちょっとこっちの方まで戻ってくる用ができたから、ついでに寄ったの。まあ、通信のひとつくらい入れればよかったか」
モニカ
「そうだったんだ……言ってくれてればご飯とかしっかりしたもの作っておいたのに。……それはともかくとして、お帰りなさい」 お玉とフライパンを持ったまま微笑んでそう言って。 「とりあえず中に入ろっか。少しくらい話は出来るんだよね」
エリカ
「まあ、それくらい、いいよ」 ご飯とか。 「それより、モニカの面白い格好見れたしね」 くすくす、と笑い。
モニカ
「姉さんが戻って来てるってことはソルティアさんたちも戻って来てるんでしょ? それなら尚更用意しとけばよかった……って、もう、それは忘れて!」 顔を赤くしながら怒って。
エリカ
「まあ、改めて、ただいま。そんなにずっとはいられないけどね」 と言って、久しぶりの我が家にようやく足を踏み入れ。
モニカ
ということで、居間に言ってお茶でも準備しよう。

GM
さて、顔色や口調からわかるが、モニカの体調は随分と良いように思える。
モニカ
「ふー……」 お茶を準備し終えて、テーブルを挟んでエリカの対面に座って一息。
エリカ
「調子、良いみたいね」 正直、少し拍子抜けしたくらいには、元気そうに見える。
モニカ
「あ、うん……最近、体調はすごく良いの」 とはいうが、言葉とは裏腹に何処か釈然としないものを感じさせる口調で。
エリカ
「……?」 体調は、すごく良い。何か引っかかる言い方だ。 「……他に、なにかあったの?」
モニカ
「あのお薬がよく効いてるんだと思う。姉さんのお陰です」 少し冗談っぽく頭を下げながら。
モニカ
「……えっと、ね」
モニカ
「本当に体調はすごく良いの。一日中いろんな事をしても、前みたいに疲れたりしないし、おばさんのお世話になる事もあんまり無くなって来たんだ」
エリカ
「……そうなの? そんなに効いてるんだ……」 あの薬。もしかして、そのまま治るんじゃないかと、僅かな期待を抱く。
モニカ
「……でも、最近なんだか物を忘れる事が多くなっちゃって」
モニカ
「単純にやろうとした事を忘れる……とかなら普通なんだけど、そうじゃないの」
エリカ
「……物忘れ?」 そういえば、私がこっちを出る前に、少しそういう傾向があったような。
モニカ
「……うん」 深刻な表情で頷いて。 「最近ね……体調不良とは無関係にぼーっとする事が多くなったり、何かを思い出そうとしても思い出せない事が多いの」
モニカ
「どうでもいい事なら思い出せなくてもいいんだけど、おばさんの事とか、アカシャの事とか……お父さんやお母さんの事も、靄が掛かったように思い出すのに時間が掛かる事があるの」
エリカ
「そう……」 なんだろうか、それは。薬の副作用か何か? それともまったく別の?
モニカ
「神殿の人にも診ては貰ったんだけど……原因は分からないって。薬の副作用でもないと思うって」
モニカ
「でも……さっき姉さんの顔を見た時はそんな事は無さそうだからちょっと安心したんだ」 不安を誤魔化すようにはにかんで言う。
エリカ
「ん、そうなの……」 原因不明。じわり、と。胸の内に不安を感じる。 「と……まあ、うん、そうね。今こうして普通に話せてるんだし」
モニカ
「アカシャは、しばらく会ってないからってだけかも知れないしね。体調が良くなってるんだから、今度会えた時にはもっとしっかり遊べるんだし、きっと気にする程の事じゃないよ」 不安そうなエリカの様子を見てそんな風に。
エリカ
「体調は良くなっていってるんだし、きっと大丈夫よ」 うん、と。根拠はないが、不安を煽るようなことを言うよりは、きっといい。
モニカ
「うん、同じ意見みたいだね」
エリカ
「そうみたいね」 笑い。
モニカ
「姉さんの方はどうなの? 順調?」 仕事とかその他もろもろとか。
エリカ
「んー……まあ、全く順調、ってわけじゃないけど」 霧の街でのことを思い出し、ちょっと微妙な顔しつつ。 「……まあ、順調じゃなくなったのをなんとかするためにこっちに戻ってきたっていうか」
モニカ
「そうなんだ……。まぁ……簡単なお仕事じゃないよね」 世界が違い過ぎて、ちょっと想像も出来ないけど。 「無理だけはしないでね? わたしの体調が良くなっても、姉さんが怪我しちゃったりしたら全然ダメなんだから」
エリカ
「解ってる解ってる。まあ、他の皆だっているし、大丈夫よ」 むしろ、自分より無理無茶をしている、することになるのは、他の……特にシャルロットとかヤンファさんとかなのだし。
モニカ
「まぁ確かに、みんなが居れば大丈夫なのかも知れないけど……わたし、嫌だからね。……お父さんたちに続いて、姉さんまで居なくなっちゃうなんて」 一瞬言い淀んで。
エリカ
。解ってる」 私自身だって、いなくなりたくなんか、ないし。 「……でも。私だって、モニカが居なくなるのは、嫌なんだからね」
モニカ
「うん、ありがとう。わたしは、きっと大丈夫だよ。……さっき言ったみたいな不安はあるけど、それとは別にこのまま全部が幸せになるって気もするんだ」
エリカ
「ん」 頷き。 「全部が幸せ、か……そうなったら、いいけど」
モニカ
「根拠は……最近よく見る夢なんだけどね」 えへへと笑って。
エリカ
「……夢?」 なにそれ、と。
モニカ
「夢は夢だよ。寝てる時に見る夢。最近ね、毎日のように良い夢を見るんだ。家族がみんな家に居て、私も病気になんて罹ってなくて、みんなで暮らせてる夢」
エリカ
「……そう」 家族みんなが、か。 「……ほんとに、ずっとそうだったら良かったのにね」
モニカ
「……うん、そうだね。そうだったら、本当に幸せだったと思う。……でも」
モニカ
「考えてみたら、わたし、今がそんなに不幸だなんて思ってもないんだ。……姉さんに負担ばっかり掛けちゃってるのは嫌だけど、こうして姉さんが居てくれて、優しくしてくれる、そんな今も、わたしは大好きだから。夢みたいにみんなが居なくても、私は幸せだよ」
エリカ
「……ばか。何言ってるの。こんな程度で満足してないの」
モニカ
「ううん。これで満足しないなんて言ったら罰があたっちゃうよ」 ふるふると首を振りながら。 「……だから、姉さんは何があっても姉さんのままで居てね」
エリカ
「……もう。なんでそう欲がないんだか」 もっと、ちゃんとした幸せが。健康になって、恋人つくって、結婚して、子供つくって。そんな普通の幸せを、望んでいいはずなのに。
モニカ
「その言葉はそっくりそのままお返しします」 姉さんこそそういう事を考えてください、と付け加えて。
エリカ
「べ、別に私は欲が無いわけじゃないし」 むむ。
モニカ
「わたしだって欲がないわけじゃないよ」 苦笑しながら言って。
エリカ
「……まあ、大丈夫よ。私は、変わらないから。変な心配しなくていいんだから」
モニカ
「うん、ありがとう。わたしも、何があっても大事な事だけは忘れないようにするから」
モニカ
「そろそろご飯にしよっか? ご飯を食べるくらいの時間はある……よね?」
エリカ
「……ああ、うん。それくらいなら、平気」 ……だと思う。
モニカ
「じゃあ、用意するね。そこまで豪勢なものじゃないけど、前よりはきっと美味しいから安心してね」
モニカ
言いながら席を立って、キッチンの方へと。
エリカ
「と……ああ、作るなら私も手伝うから」 と、慌てて後追い。
モニカ
「あ、そう? じゃあお願いしようかな」
モニカ
というわけで、二人でキッチンに立ってご飯を用意して一緒に食べましたとさ。

幕間 了